労務

パワハラ事案における会社の法的責任

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹

監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士

  • ハラスメント対応

近年、「ハラスメント」という言葉が取り上げられ、特に上司からの指示や指導が「パワーハラスメント(パワハラ)」に当たるのではないかとして問題となっています。
まず、「パワハラ」とは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」をいいます(労働施策推進法30条の2第1項)。
従前は社内の慣行として当然のように行われていたようなことであっても、「パワハラ」に該当することも十分ありえます。
パワハラの労働審判においては、会社側は、①当該行為が「業務上必要かつ相当な範囲内であったこと」や、➁職務に関連してなされたものではないこと、➂パワハラ等が発生しないように職場環境の維持・調整を適切に行っていたこと、➃うつ病等の精神疾患や自殺との因果関係が認められないこと、⑤被害者にも原因があったことを理由として過失相殺を主張する等の方針が考えられます。
労働審判において、会社側の上記主張が認められることもありますが、労働審判に対するコストや行政上の報告義務(労働施策推進法36条第1項、40条4号)のコスト等を踏まえると、パワハラを未然に防ぐことが極めて重要となります。

パワハラが発生したとき、会社はどのような責任を負うのか?

パワハラが発生した場合、会社は、まず被害者に対し、民事上の責任を負います。
会社が負う民事上の責任は、2種類あります。
1つ目は、当該パワハラを行った者の使用者として、その責任を負うことが考えられます(民法715条1項)。 これは、本来当該パワハラを行った被用者(個人)が負うべき責任を会社が使用者という立場である以上、その責任を代わりに負う(代位責任)というものです。 この場合、会社としては、使用者が当該パワハラを行った者の選任やその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生じていたときは、責任を負いません。
2つ目は、会社がパワハラの防止のために雇用管理上必要とされる措置を怠ったとして、会社自身の責任として責任を負うものです(民法709条、民法415条1項、労働契約法5条)。 そのため、会社は、パワハラの疑いがある場合には、漫然と放置をせず、適切な調査等を行い、職場環境の維持・調整を行わなければなりません。
その他、会社は行政よりパワハラの事案について報告を求められた場合には、それに応じなければなりません(労働施策推進法36条第1項、40条4号)。

パワー・ハラスメントが会社に与える影響

パワハラがあった場合、会社は、聞き取り調査等の事実確認を行い、パワハラを行った者に対し、指導・監督を行う等、労働者の就労環境が害されないような雇用管理上の措置を講じなければなりません。
会社はこのような措置を怠っていた場合、それ自体が不法行為や債務不履行にあたる可能性があり、被害者から責任を追及されかねません。 したがって、パワハラがあった場合には、その後適切な調査や事後的な措置を講じる必要があります。
また、昨今「ハラスメント」に対する世間の認識が高まり、パワハラにより会社が責任追及された場合には、企業の評価や企業イメージが著しく低下することも珍しくありません。
さらに、パワハラは、従業員の労働環境・就労環境を悪化させるため、業務効率を低下させることも考えられます。

会社にはパワハラ防止策を講じる義務がある

会社は、被用者にパワハラの疑いがある場合、漫然と放置するのではなく、未然に防止するための措置を講じる義務があると解されます。
大津地裁平成30年5月24日の裁判例では、「労働契約法5条が『使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。』と規定しているとおり、使用者は、労働者が職場において行われるパワハラ等によって不利益を受け、又は就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じる義務(職場環境配慮義務。雇用機会均等法11条1項参照)を負っており、同義務に違反して、パワハラを放置することは許されないというべきである。」と判断されています。

労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の成立

令和2年6月1日から労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)の施行が開始されました。 労働施策総合推進法では、

  • ①事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
  • ②事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

といったことが定められています(労働施策総合推進法30条の2第1項、第2項)。
また、同法では、上記①、➁の施行にあたって、厚生労働大臣が事業主に対し、必要な事項の報告を求めることができると規定しています(労働施策総合推進法36条第1項)。
事業主は、この報告の求めに対し、報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料に処せられる可能性があります。

パワハラ事案における会社の法的責任

使用者責任

会社は、当該パワハラを行った被用者の行為が不法行為に当たる場合、その者の使用者としてその責任を負うことがあります(民法715条1項)。 これは、本来加害者である被用者個人が被害者に対して負うべき責任を会社が代位して責任を負うものです。
そのため、会社としては、使用者がその者の選任やその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生じていたときは、責任を負いません。
会社が被害者に対し、賠償金を支払った場合、加害者(被用者)に対し、求償を行うことができますが、その範囲は信義則上相当と認められる限度に制限されます(最高裁昭和51年7月8日判例)。

不法行為責任

会社は、ハラスメントの発生が予見しえたにもかかわらず、漫然と放置し、調査や適切な措置等を行っていなかった場合、ハラスメントが個人によるもののみにとどまらず企業全体のものと考えられる場合、使用者の経営上の裁量の範囲を著しく逸脱した場合等は、会社自身が被害者に対し、不法行為責任を負うこともあります(民法709条)。
なお、被害者が事業主に対し、使用者責任と使用者固有の不法行為責任を追及した場合、会社は、使用者責任を負う以上に別途の評価を行うに足りる独自の違法行為が認められない限りは、使用者固有の不法行為責任が認められることは難しいと考えられます(大阪高裁平成25年10月9日裁判例)。

債務不履行責任

事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければなりません(労働施策総合推進法30条の2第1項)。
そのため、会社は、パワハラの被害を受けている者からの相談に応じ、事実確認や聞き取り調査を行う等し、労働者の就労環境が害されないような雇用管理上の措置を講じなければなりません。
もし、そのような適切な措置がなされていなかった場合には、職場環境調整配慮義務違反が認められるとして、被害者に対し債務不履行責任を負うことになると考えられます。

会社が責任を負う法的根拠とは?

会社は、民法715条1項により、パワハラを行った者(個人)の責任を代位して会社がその責任を負うことになります。
また、会社が、ハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を怠っていた等、独自に責任を負う場合には、不法行為責任(民法709条)や職場環境調整配慮義務違反に基づく債務不履行責任(民法415条1項、労働契約法5条等)の規定に基づいて責任を負うことになります。

パワハラ事案において会社の責任が問われた判例

事件の概要

派遣労働者として就労していた原告が、指示通りの業務を行っていなかったとして、派遣先の会社の従業員らから、叱責される際に「殺すぞ」「あほ」等と言われたり、原告の所有する車に損壊を加える旨の発言をされたりしていた。
原告は、派遣先の会社の従業員らからの上記パワハラを受け、会社を辞めざると得なくなったとして、会社に対して使用者責任等の損害賠償請求を行った事案です。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

上記事案は、大阪高裁平成24年(ネ)3520号平成25年10月9日の裁判例ですが、同判決において、「労務遂行上の指導・監督の場面において、監督者が監督を受ける者を叱責し、あるいは指示等を行う際には、労務遂行の適切さを期する目的において適切な言辞を選んでしなければならないのは当然の注意義務と考えられる」と判断されています。
また、「監督者において、労務遂行上の指導・監督を行うに当たり、そのような言辞をもってする指導が当該監督を受ける者との人間関係や当人の理解力等も勘案して、適切に指導の目的を達しその真意を伝えているかどうかを注意すべき義務がある」と判断されています。

ポイントと解説

労務遂行の際の指導・叱咤激励の表現が、職務上適正な範囲か(許容される限度かどうか)というのは極めて難しい判断となります。
別の裁判例では「意欲がない、やる気がないなら会社を辞めるべき」、「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか、・・・これ以上迷惑をかけないでください」等と記載したメールを送った裁判例では、第1審ではいまだ原告の人格を傷つけるとまでは認められないと判断したのに対し、控訴審では、赤文字で文字のフォントも大きくされていたというような事情も含めて考えると「指導・叱咤激励の表現として許容される限度を逸脱したものと評せざるを得ない」と判断されています(東京高判平成17年4月20日、東京地判平成16年12月1日)。
会社側は、労働者に対して、労務遂行の際の指導・叱咤激励をする場合にあたっても、当人との人間関係や指導を受ける者の理解力等も勘案して適切な言辞を選んで指導・叱咤激励を行わなければなりません。パワハラを未然に予防するという観点からは、最低限の節度を持った言辞で指導・叱咤激励を行う方がよいでしょう。

パワハラで労働審判を申立てられたら

被害者よりパワハラで労働審判を申し立てられた場合、会社側は、①当該行為が「業務上必要かつ相当な範囲内であったこと」や、➁職務に関連してなされたものではないこと、➂パワハラ等が発生しないように職場環境の維持・調整を適切に行っていたこと等を主張し、不法行為や義務違反がなかったことを主張します。
また、その他、被害者に生じた精神疾患や自殺との間に因果関係が認められないといった主張や、被害者にも原因があったことを理由として過失相殺を主張するというようなケースもあります。

パワハラ問題では会社への責任が問われます。お悩みなら一度弁護士にご相談下さい。

被害者の方が亡くなられた場合等は、被害金額が極めて高額に至るケースも少なくありません。
また、昨今パワハラにより、会社が責任追及され、それが認められた場合には、企業の評価や企業イメージが著しく低下することも珍しくありません。 そのため、会社にとって極めて重要な問題であり、また、身近に起きるトラブルでもあります。
パワハラ問題では、特に職務上適正な範囲内であったかや職務に関連してなされた行為といえるか等法的判断が必要となります。
お悩みの場合には、一度弁護士にご相談下さい。

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹
監修:弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長
保有資格弁護士(大阪弁護士会所属・登録番号:40084)
大阪弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
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