残業時間の立証-使用者による労働時間の適正把握義務

公開日:2020年9月4日
  • 残業代請求対応、未払い賃金対応

従業員や元従業員から残業代等の請求を受けた場合、残業代の計算の前提となる残業時間は、具体的にどのように算出されるのでしょうか。また、使用者としては、残業代の請求を受ける場合に備えて、どのような対策等を日常的に行うべきなのでしょうか。

この記事では、使用者の労働時間の適正把握義務とその具体的な方法等について、過去に従業員の残業時間の証明が問題となった事例を紹介しつつ、説明します。

残業代請求における残業時間の立証責任

立証責任は労働者、使用者のどちらにあるのか?

残業代請求においては、請求に対応する期間の時間外の労務の提供があったこと、具体的には、労働日ごとに始業・終業時刻、所定時間内外労働時間、深夜労働時間、休日労働時間を特定して、労働者の側が明らかにしなければなりません。これらの事項が真偽不明に陥った場合、残業代請求の一部ないし全部が認められません。

残業時間の立証が争点となった判例

残業時間の立証が争点となった最近の裁判例として、大作商事事件(東京地判令和元年6月28日)をあげることができます。

事件の概要

この裁判例は、従業員である原告が、勤務先である被告会社に対して,原告自身が利用していたパソコンから抽出したログ記録(パソコンのWindowsの立ち上げ・シャットダウンの記録であるイベントログサービス)を手掛かりとして,時間外労働等に従事していたことに対応する残業代や付加金等の支払いを請求しました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所(東京地判令和元年6月28日)は,パソコンから抽出したログ記録について,これを基礎に原告の労働時間を推知するのが相当であると判断しました。

そして、終業時刻につき,ログ記録がある日はこれを基礎に労働時間を認めるのが相当で,これのない日は出勤簿の記載時刻限度で残業時間があったと認めるのが相当であるとして,認定した労働時間,各期間の基礎時給から割増賃金額を算出し,同額の限度で残業代請求を認容し,出退勤管理状況などから50万円を限度に付加金等の支払請求を認容しました。

ポイントと解説

被告は,原告がパソコンから抽出したログ記録について,更新日時を変更することが可能で信用性がない、原告は虚偽のログ記録を作成したなどと主張していました。

これに対して、裁判所は、そのように改変がなされたと見るべき形跡は認められないこと、原告のログ記録には、一部欠落や定時後れの部分も認められ,殊更不正な残業代請求のために作出したとみるには不自然であるなどと指摘し、被告の反論を退けています。

原告の被告会社における具体的な業務は、営業担当職員から依頼を受けた販促物や販促動画の作成,オンラインショップの管理等というものでしたが、この事件の原告に限らず、およそ今日の社会において、パソコンの使用が業務の遂行においてほぼ必須であること、一日の業務の開始と終了がパソコンの立ち上げとシャットダウンであることは多くの従業員にも共通していえること等からすると、この裁判例は、業務時間の立証において重要な判断を含んでいるといえます。

法改正による使用者の労働時間把握義務

労働時間の客観的把握が義務付けられた背景

従来は、三六協定で定める時間外労働の時間数については、限度時間が1カ月45時間、1年360時間等と定められていましたが、これら限度基準には強制力はなく、同基準に反しても行政指導をされることはあっても、効力自体は有効と判断されていました。また、臨時的な特別事情がある場合のために年間6か月の範囲内で限度基準を超えた特別の時間外労働時間数を定める特別条項も許容されており、特別条項での時間数については上限の基準化がされていませんでした。

しかしながら、企業における長時間労働や違法残業の蔓延と過労死・過労自殺への労災認定の増加のなかで、長時間労働対策が進められるようになり、社会におけるブラック企業への批判が高まっていきました。そして、大手企業における過労自殺が大きく報道され、当該企業に対する強制捜査と社長の引責辞任がなされるなどの世論の動向を受けて、初めて罰則付きで時間外労働それ自体についての上限が規定されることになり、労働時間の客観的把握が義務付けられました。

労働時間を把握すべき労働者の範囲

労働時間の把握は、高度プロフェッショナル制度の対象者を除くすべての労働者が対象となります。

高度プロフェッショナル制度とは、特定の労働者に対し、労働時間ではなく「成果」で賃金を計算するというものです。

これらに該当しない従業員の場合、裁量労働制の適用者や非正規雇用の従業員も含め、全員に対して労働時間の把握をしなければなりません。

労働時間を客観的に把握する方法

始業・終業時刻の厳密な記録

労働時間を客観的に把握するためには、1日あたりの労働時間だけでなく、労働日ごとの始業時刻や終業時刻を、使用者が確認・記録しなければなりません。そして、始業・終業時刻の確認および記録にあたっては、使用者(実際に労働時間の状況を管理する権限を委譲された者を含みます。)が直接確認したり、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間などによる客観的な記録方法を使用したりする必要があります。

賃金台帳の記入

使用者は従業員ごとに、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数を賃金台帳に適正に記入しなければなりません(労働基準法108条及び同法施行規則第54条)。

賃金台帳にこれらの事項を記入していない場合や、故意に賃金台帳に虚偽の労働時間数を記入した場合は、30万円以下の罰金が科されます(労働基準法120条1号)。

労働時間に関する書類の保管

労働基準法109条では「使用者は、労働者名簿、賃金台帳および雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。」と規定されています。

「その他労働関係に関する重要な書類」とは、使用者が自ら始業・終業時刻を記録したもの、タイムカードなどの記録、残業命令書およびその報告書、従業員が自ら労働時間を記録した報告書等です。

保存期間にあたる3年間は、「最後の記載がなされた日」を起算点としてカウントされます。

この保管義務を怠った場合も、30万円以下の罰金が科されることになります(労働基準法120条1号)。

自己申告制の場合の留意点

以上の客観的な方法による労働時間の把握が難しい場合は、例外的に労働者の自己申告による方法も認めざるを得ません。ただ、自己申告による方法でも、実際に自己申告した内容が認められるためには、非常に多くの説明・確認作業が必要となります。

ですから、できるかぎり、原則的な方法で労働時間を記録することをおすすめします。

労働時間の把握義務における罰則

労働時間の把握義務それ自体に対する罰則はありません。

しかし、残業時間の上限規制については罰則が設けられています。

三六協定で定める残業時間については、その事業場の業務量、残業の同行その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、1カ月につき45時間、1年につき360時間の「限度時間」を超えない時間に限られています(労働基準法36条3項、4項)。

また、三六協定においては、通常予見できない業務量の大幅な増加等に伴い、臨時的に「限度時間」を超えた時間外労働の必要性がある場合には、特別協定による残業も認められますが、それでも1カ月の残業及び休日労働の時間数は100時間未満、1年の残業時間数は720時間までとされます(労働基準法36条5項)。

これらに違反すると、法定労働時間(労働基準法32条1項ないし2項)の違反として罰則規定の適用を受けることになり、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処されます(同119条1号)。

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