労務

メンタルヘルス問題と使用者の損害賠償責任

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹

監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士

  • メンタルヘルス

近年、長時間労働、職場でのセクハラ・パワハラを原因とするストレスにより、メンタルヘルスを害された従業員が休職したり、最悪の場合には自殺するというニュースが取り上げられることも多くなり、大きな社会問題となっています。
そして、当該メンタルヘルス不調者である従業員や、自殺をした従業員の遺族から、使用者に対し、安全配慮義務違反による損害賠償請求されるケースも増えています。
本記事では、使用者として、メンタルヘルス問題に対してどのように取り組むべきか、法的な観点から解説いたします。

従業員のメンタルヘルス問題に伴う企業リスク

従業員が、長時間労働、過重労働,セクハラ・パワハラという職場における原因によってメンタルに不調をきたした場合、まず当該従業員の生産効率・作業効率が落ち、大きなミスをして企業に損害を出したり、遅刻・欠勤を繰り返し、その後休職するあるいは退職するということになれば、人員確保も必要となってきます。したがって、まずは企業の業務自体に支障が出るというリスクがあります。
また、最悪の場合には、従業員が自殺してしまったということとなると、使用者には、適切な労働環境を整備できていなかったということで、「労働安全配慮義務」違反として、多額の損害賠償を請求されるリスクがあるのです。

使用者が配慮すべき安全配慮義務とは?

労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と使用者の安全配慮義務を定め、立法上明文化されています。
労働契約法施行通達(平成30年12月28日,基発1228第17号)によれば、同法5条について、以下のように解説されています。

  • ア 法第5条は、使用者は、労働契約に基づいてその本来の債務として賃金支払義務を負うほか、労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として当然に安全配慮義務を負うことを規定したものであること。
  • イ 法第5条の「労働契約に伴い」は、労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として当然に、使用者は安全配慮義務を負うことを明らかにしたものであること。
  • ウ 法第5条の「生命,身体等の安全」には、心身の健康も含まれるものであること。
  • エ 法第5条の「必要な配慮」とは、一律に定まるものではなく、使用者に特定の措置を求めるものではないが、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて、必要な配慮をすることが求められるものであること。なお、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)をはじめとする労働安全衛生関係法令においては、事業主の講ずべき具体的な措置が規定されているところであり、これらは当然に遵守されなければならないものであること。

安全配慮義務違反で企業に問われる責任

上述のとおり労働契約法で明文化されている安全配慮義務に違反し、メンタルヘルス不調者に対して適切な対応を怠った場合、使用者としては、2つの法的構成で従業員から損害賠償責任を追及される可能性があります。
まずは、民法415条の債務不履行に基づく損害賠償が考えられます。安全配慮義務、すなわちメンタルヘルス不調者に対して適切な配慮をしなければならないという債務を使用者が履行しなかったことを理由に請求されるものです。
次に、民法709条の不法行為に基づく損害賠償が考えられます。これは、当該従業員の上司が従業員のメンタルヘルス不調時に適切な対応をとらなかったことが不法行為にあたり、上司の雇い主(使用者)として企業が賠償責任を負うものです。
なお、いずれの法的構成を取るかは、請求者が任意に選択するものです。

中小企業における取締役に対する責任有無

特に取締役が直接従業員の勤務状況について認識しうるような規模の中小企業であると、取締役に対し、従業員各人ごとの労働時間を把握して、休憩・休日を取らせる具体的な措置をとる義務があった等と主張され、会社と併せ取締役個人に対する損害賠償請求(民法709条,会社法429条1項)がなされることがあります。
また、基本給に80時間の時間外労働分を組みこむ、1か月100時間の時間外労働を6か月にわたって許容する三六協定締結する等、恒常的に長時間労働をする従業員が多数出現する体制を取っており、従業員の生命・健康に配慮しない経営を行っていた場合などには、企業の規模にかかわらず、取締役個人の損害賠償責任を問われることもありますので、注意が必要です。

損害賠償請求の争点

メンタルヘルス不調に関わる損害賠償請求の中で、争点となることが多いのは、注意義務の内容・違反の有無、相当因果関係、過失相殺等です。
まず、注意義務の内容・違反の有無等が特に争点となります。注意義務の内容、安全配慮義務の内容がどのような内容であったかが、従業員の職種、労務内容、労務提供場所等のいくつかの要素を総合考慮して判断され、その内容の注意義務違反の有無が争われることとなります。
使用者側としては、注意義務の内容が従業員各人の具体的な健康面への配慮等と具体化されればされるほど、高度な注意義務が課されることとなり、違反したと判断されやすくなってしまいます。
次に、相当因果関係とは、使用者側の安産配慮義務違反があったことと、メンタルヘルス不調となったこと(さらにはその後の自殺)との間に、原因・結果のつながりをいい、使用者側からは、安全配慮義務違反があったためにメンタル不調になったのではなく、他に原因があった等という主張をして争うこととなります。
さらに、従業員側の落ち度や、基礎疾患等、従業員側の原因も寄与して損害が発生したとして、損害の公平分担という見地から、従業員側の寄与した割合分を過失相殺すること、または損害額を減額すべきことを主張して争うこともあります。

使用者が賠償責任を負う範囲

メンタルヘルス不調になった従業員が通院をしたり、仕事を休んだり、最悪の場合自殺してしまったりした場合、使用者が負う賠償責任の範囲については以下のようなものが考えられます。

  • ①治療費…診療代、薬代
  • ②通院交通費…病院への交通費(電車代,ガソリン代等)
  • ③休業損害…会社を休んだことにより減収した賃金分
  • ④入通院慰謝料…入院・通院に対する慰謝料で、期間に比例して増額される
  • ⑤後遺傷害慰謝料…精神病が後遺障害に認定された場合の慰謝料
  • ⑥後遺障害による逸失利益…後遺障害に認定された場合に、将来得られるはずだった収入のうち、後遺障害の影響によって減収する賃金分
  • ⑦死亡慰謝料…従業員が死亡した場合の慰謝料
  • ⑧死亡による逸失利益…従業員が死亡した場合に、将来得られるはずだった賃金分

メンタルヘルス問題と損害賠償請求に関する判例

メンタルヘルス問題を原因とする損害賠償請求で有名な判例として、過度の残業を原因としてうつ病に罹患し、自殺にいたってしまった従業員の遺族から会社に対する損害賠償請求がなされた、電通事件がありますので、以下でご紹介します。

事件の概要

平成2年4月1日、Aは大学卒業後Yに採用され、ラジオ局ラジオ推進部に配属されました。同部署は、長時間の残業が常態化していて、さらにそれが悪化する傾向にありました。
Aの残業時間は36協定の上限を超え、同年8月頃には深夜の帰宅が日常化し、同年11月末以降は帰宅しない日も増えていきました。
なお、Yでは残業時間につき従業員の自己申告制がとられていましたが取られていましたが、過少申告することが常態化していました。
Aの上司らはAの状況を認識していましたが、帰宅してきちんと睡眠をとり、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようにと、平成3年3月ごろに指導しただけでした。Aはその後も長時間労働を続けるうち、遅くとも同年8月上旬ごろにはうつ病に罹患し、異常な言動をするようになりましたが、上司らはAが休息できるような措置を何ら取りませんでした。
平成3年8月、Aは、出張先でのイベント終了後、自宅で自殺しました。
Aの両親であるXらは,Aが異常な長時間労働によりうつ病に罹患し、その結果、自殺に追いやられたとして、Yに対し民法415条または同法709条に基づき、約2億2200万円の損害賠償を請求しました。
一審は、Aの上司らがAの長時間労働及び健康状態を知りながら労働時間を軽減する措置を取らなかったことにつき、Yに安全配慮義務違反の過失があったとして、約1億2600万円の損害の支払を命じたのに対し、二審は、一審判決を基本的に維持しましたが、A側の事情(うつ病親和的性格、家族の対応等)を勘案し、損害額の3割の過失相殺を認めました。
本事案は、Yが安全配慮義務違反、Xが過失相殺の成立を、それぞれ否定して、上告したものです。

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決(民集54巻3号1155頁,労判779号13頁,判時1707号87頁)
労働基準法が労働時間に関する制限を定め、また、労働安全衛生法が事業者に対し労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めていること等からすれば、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとするのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」
Aの性格等を理由とする減額について、「企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。
しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。
したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできないというべきである。」と判断しました。
その結果、Yの上告を棄却し、Xが二審で敗訴した部分を破棄差戻し、差戻審で1億6800万円を支払うという内容で和解が成立しました。

ポイントと解説

本判決は、不法行為上の注意義務の内容として、使用者は、従業員が業務の遂行に伴って疲労や心理的な負担が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うということを明確に示しました。 また、長時間労働が従業員の心身の健康を害しやすく、また、うつ病に罹患した者が健康な者と比較して自殺を図ることが多い等の知見を採用して、最高裁として初めて、業務とうつ病との因果関係、そしてうつ病と自殺との因果関係を肯定した原判決の判断を正当としました。
さらに、従業員側のうつ病親和的性格等も、個性として通常想定される範囲を超えない場合には、使用者は予想ができ、また業務上コントロールもできる問題であるとして損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らせば、使用者側が負担すべきリスクと評価されたといえます。

メンタルヘルス問題による労使トラブルを予防するには

メンタルヘルス問題が近年大きく取り上げられることも多くなり、国としても労働安全衛生法を改正するなどして、問題発生を予防する動きがみられます。
一定の長時間労働従業員に対する医師との面接指導制度、ストレスチェック制度等、法令上使用者の義務とされている制度もあります。これらの制度を遵守・活用しつつ、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に定められた「4つのケア」を参考にしながら、各企業にあった形でのメンタルヘルス問題への取り組みを独自に構築することが必要です。
まずは、従業員がメンタルヘルス不調にならないような職場環境作り、従業員各人に対する上司の日頃からの目配り、そしてメンタルヘルス不調がうかがわれるような従業員がいればまずは話を聞き、業務内容の軽減や休暇取得等の措置を速やかにとるという日々の積み重ねが、従業員自身にとっても、その後の労使トラブルを予防する意味でも、重要となってきます。

適正なメンタルヘルス対策を講じることで労使トラブルを予防することができます。不明点があれば、まずは弁護士にご相談ください。

メンタルヘルス問題は、今や使用者にとって避けては通れないものとなっていますし、対策を怠り、従業員がメンタルヘルス不調に陥って、最悪の結果(自殺)を迎えてしまうと、使用者としては莫大な損害賠償責任を追及される可能性があるという、重大な問題です。
予防策を検討される際、あるいはすでにメンタルヘルス不調者がいる場合の対応等、何かご不明点等がございましたら、まずは弁護士にご相談ください。問題を先延ばしにせず、早めにご相談されることをお勧めします。

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監修:弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長
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