求人票記載の給与額と契約上の給与額

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コロナウイルスの影響で、例年とは異なる採用スケジュールを余儀なくされている企業も多々あると思われます。もっとも、そのような中でも人材の量的確保及び質的拡充は、企業の将来を左右する重要な事項であり、毎年の新人採用から中途採用まで、各企業工夫を凝らされて優秀な人材獲得に向けて活動されていることと思います。

就活生及び求人者は求人票を見て応募する企業を選別しながら就職活動を行うことから、企業側としては、求人票において、他の企業よりも魅力的な労働条件(給与額等)を提示して一人でも優秀な方からの応募を集めたいと考えられている企業も多いと思います。

しかし、実際に採用に至った際に、求人票記載の労働条件と採用時の労働条件が異なる事態が発生すると、労働者とトラブルとなり、訴訟にまで発展する可能性もあります。

そこで、求人票記載の労働条件と採用時の労働条件が異なる場合の問題点について、以下解説いたします。

求人票と採用後の給与額が異なることは問題か?

では、求人票と採用後の労働条件は必ず一致させなければならないのでしょうか。求人募集の時点と採用の時点には、時間的な間隔があり、労働条件が異なることは往々にして生じうるため、問題となります。

求人票の労働条件は見込みに過ぎない

職業安定法(以下「職安法」といいます。)は、職業安定所への求人申込みや労働者の募集に関して労働条件の明示義務を定めています(職安法5条の3、42条)。ただし、ここで明示が求められているのは、給与額について言えば、求人募集をする時点での現行給与額までで、多くの会社では現行実績給与・賞与や初任給見込み額等と示して済ませ、採用の時点で労働基準法15条に従い確定的に明示することとなります。

労働条件は労使間の契約内容が最優先

このように、募集段階で会社が求人票に「見込み」等と明示している以上それが採用段階で若干変動することが含みになっていることからも、求人票記載の労働条件をそのまま採用時の労働条件にしなければならない労働契約上の法的な義務はありません。

したがって、「見込み」等として労働条件を明示した求人票は、労働契約申込みの誘引にすぎず、採用段階で労働者の経験や資格、会社の業績等を考慮して、具体的な労働条件を労使間の労働契約によって決定します。

ただし、会社側が求人票の記載と労働条件が異なることを表示せずに労働者を採用した場合は、労働者からの求人票の内容を含む申込みを承諾したことになります。したがって、両者の申込みと承諾に合致が認められることととなり、求人票記載の内容で労働契約が成立したと判断されてしまう可能性があります。

これを防ぐため、会社としては、(求人票の記載と労働条件が異なる場合には特に)採用時に、労働条件を労使間でしっかりと確認したうえで労働契約を締結することが必要です。

求人票の労働条件と実際の労働条件との相違

仮に、求人票の労働条件よりも実際の契約の労働条件が劣っていた場合であっても、原則契約が優先されます。

ただし、求人に応募し内定した労働者は、求人票に記載された「見込み」の労働条件に期待しているうえ、その期待を持たせたのは会社であるとすれば、契約で確定しいないということだけでまったく会社に責任がないとは言えない部分があります。

そのため、会社は、みだりに求人票に記載した労働条件に劣る労働条件とする労働契約を締結するべきではないという信義則上の義務を負うこととなります。

労働条件の明示義務

会社は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければなりません(労働基準法15条1項)。

書面での明示が義務付けられている事項

明示すべき労働条件のうち、書面での明示が義務付けられている事項は、労働契約の期間、期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準、就業場所・従事すべき業務、労働時間、賃金、退職・解雇についてです(労働基準法施行規則5条1項、3項、4項)。

さらに、パートタイム労働者については、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「非正規雇用法」といいます。)で、上記に加え、昇給、退職手当及び賞与の有無、並びに雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口について書面での明示が義務付けられています(非正規雇用法6条1項、非正規雇用法施行規則2条1項)。

口頭での明示が認められる事項

明示すべき労働条件のうち、口頭での明示が義務付けられている事項は、退職手当、賞与等臨時に支払われる賃金、食費・作業用品、安全衛生、職業訓練、災害補償、表彰・制裁、休職についてです(労働基準法施行規則5条1項、3項、4項)。

求人票に虚偽の内容を記載する違法性

職安法で求人申込みに関して労働条件の明示を義務付けていることは上記1-1のとおりですが(職安法5条の3、42条)、その際、虚偽の広告や条件を提示した場合には、六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処せられます(職安法65条8号)。

悪質な場合は賠償責任を負うこともあり得る

刑事罰を受けるような虚偽の広告や条件を提示した場合でなくても、上記2のとおり、会社は、みだりに求人票に記載した労働条件に劣る労働条件とする労働契約を締結するべきではないという信義則上の義務を負っています。

実際の労働条件が求人票記載の労働条件に劣っていたとしても、そのことが直ちに信義則違反となるわけではありませんが、「見込み」を下回る労働条件とする理由の有無ないしその合理性、引き下げの程度、「見込み」を達成しようとする努力の有無、労働者への説明の経緯等を勘案して、信義則違反の程度が大きい場合には、損害賠償責任を負う可能性もあります。

人材確保のため、他社の求人票よりも目に留まるようにという意図で、魅力的な労働条件等を記載したいと考えていらっしゃる会社もあるかとは思いますが、あまりに誇大な労働条件を記載すれば、後に賠償問題に発展する可能性があることに注意してください。

労働条件に関する裁判例

求人票の記載と異なる労働条件で採用するに至った際、労使間でしっかりと話し合われた上で労働契約が締結されていれば問題はありませんが、会社から労働者に対しての説明がなされず、あるいは不十分な説明しかなされなければ、不服を持った労働者が、後に、会社に対して、求人票記載通りの労働条件で労働契約が締結されていたと主張し、紛争に発展する可能性があります。

以下では、中途採用の事例で、求人票の内容と異なる賃金を支払われた中途採用者から会社に対して差額請求をし、一部認容された事案をご紹介します。

事件の概要

Xは、昭和56年に大学を卒業後、数年間就労していましたが、就職情報誌に記載されたY社の求人票を見てY社に応募し、2度にわたる面接を経て、採用内定の通知を受け取りました。当該求人票には、中途採用者の給与については「89、90年既卒者を対象として」新卒同年次定期採用者の給与と「同等の額をお約束します」、「納得いただける待遇」等と記載されていました。

Y社は中途採用者の賃金格付けについては、新卒同年次定期採用者の賃金格付けの下限とする運用基準を策定する途上にありましたが、Xの入社前の会社説明会では、就業規則や各種手当等に関する説明をしたにとどまり、本給についての具体的な額は提示しませんでした。

Y社は、Xの初任給を上記運用基準に基づき新卒同年次定期採用者の下限と格付けしましたが、Xがその事実を知ったのは入社後1年余経過してからでした。Xは、自己の資金格付けは契約内容に違反するとして、Y社を相手取り、自己の給与と新卒同年次定期採用者の平均的給与との差額の支払等を求め訴えを提起しました。第1審はXの請求を棄却したため、Xが控訴しました。

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

東京高等裁判所平成12年4月19日判決

裁判所は、「求人広告は、それをもって個別的な雇用契約の申込みの意思表示とみることはできないものであるうえ、その記載自体から、89年90年既卒者について同年次新卒入社者と同等の給与額を支給する旨を表示したもので、それ以前の既卒者についてこれと同様の言及をするものではないことを十分に読み取ることができるものというべきであって、その他には「納得いただける待遇」との表現があるのみであるから、その記載をもって、本件雇用契約がX主張の内容をもって成立したことを根拠づけるものとすることはできないというほかない。」として、求人票の内容どおり、つまりXと同じ56年既卒者としての給与は、労働契約の内容にはなっていないと判断しました。

しかし、「Y社は、計画的中途採用を推進するに当たり、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の格付のうち下限の格付により定めることを決定していたにもかかわらず、計画的中途採用による有為の人材の確保のため、Xら応募者に対してそのことを明示せず、就職情報誌での求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、給与条件につき新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、そのためXは、そのような給与待遇を受けるものと信じてY社に入社したものであり、そして、入社後1年余を経た後にその給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置付けられていることを知って、精神的な衝撃を受けたものと認められる。かかるY社の求人に当たっての説明は、労働基準法15条1項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至ったものに対する不法行為を構成するものと評価すべきである。」と判断しました。

その結果、Y社に対して、不法行為によりXが被った精神的苦痛を慰謝すべき金額として、100万円の賠償を命じました。

ポイント・解説

本件は、求人票に記載された労働条件は労働契約の内容になってはいないけれども、求人票の記載を信じて就労するに至ったXの期待、Y社の労働契約締結過程における不十分な説明等に鑑みて、不法行為に基づく損害賠償が認められた興味深い裁判例です。

会社が、求人票記載の労働条件が大きく変更されることはないだろうという労働者の期待に著しく反してはならないという、信義誠実義務を負う場合があると判断する裁判例はいくつかみられますが、実際に賠償を命じた裁判例はそれほど多くはありません。

本件においては、Y社が中途採用者に対する給与水準の適用基準を変更した旨を伝えなかったことが労働基準法15条1項に反するとして不法行為の成立を認めた点は、契約締結過程における労働基準法規定の機能を再認識させたものであり、その意義は小さくありません。

労働条件の明示でお悩みの経営者の方は、一度弁護士にご相談ください。

以上のとおり、会社側としては、求人票の記載には、採用時の労働条件に変更があり得る留保をつけておく、また不正確な表現は用いないという対策をしたうえで、採用時、求人票とは異なる労働条件で労働契約を締結することになる場合には、速やかに労働者に正確な説明をすることが重要であると考えます。

具体的な事案で、「このような求人票の記載で良いのか不安である」「求人票の記載と異なった内容の労働条件で労働契約を締結したいと思っているが、内定者にどのように説明すればよいのかわからない」等、労働条件の明示でお悩みの経営者の方は、一度弁護士にご相談ください。

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この記事の監修

弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹
弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長弁護士 長田 弘樹
大阪弁護士会所属。弁護士法人ALGでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
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