労務

採用内定を取り消したい場合の対応

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹

監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士

  • 内定取消

企業にとって必要な人材の確保は極めて重要なことであるため、企業が一旦採用内定を出した場合であっても、企業と人材のミスマッチが判明するなどして採用内定を取り消すことを検討せざるを得ない場合があります。そこで、企業が採用内定を取り消したい場合の対応について解説いたします。

採用内定を取り消したいとき、企業はどう対応すべきか?

企業としては、採用内定を取り消すにあたっては、その法的性格を理解しておく必要があります。

すなわち、採用内定の法的性格は、始期及び解約権の留保を付した労働契約と理解されています。従いまして、採用内定を取り消したい場合には、企業は留保された解約権を行使することになります。

採用内定は簡単に取り消すことができない

採用内定取消しは、内定者にとって重大な不利益となるため、企業としては、単に採用内定通知書等に記載された取消事由に該当するからといって、自由に留保された解約権を行使できるわけではありません。

企業が留保された解約権を行使できる場合について、判例上、企業が「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実」が採用内定後に判明し、かつそのような事実により採用内定を取り消すことが「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認」できる場合に限られるとされています(最二小判昭和54年7月20日。以下、「本件判例」といいます。)。

従いまして、企業が採用内定を取り消しできるか否かは、単に取消事由に該当するか否かということではなく、個別具体的な事案に応じて判断しなければなりません。

内定取消が認められるケースとは?

前記2のとおり、企業が採用内定を取り消しできるか否かは、個別具体的な事案に応じて判断しなければなりませんが、企業が採用内定を取消しできる可能性があるケースとしては、①就労開始予定時期までに内定者が学校を卒業できなかった場合、②採用内定後に内定者の健康状態が悪化して就労開始日からの就労が困難となった場合、③内定者の履歴書等に虚偽の記載があり、この虚偽記載が当該企業の従業員としての職務能力・適格性に影響を与える危険がある場合、④採用内定時に判明していなかった内定者の非違行為が判明したり採用内定後に内定者が非違行為を行った場合であって、当該非違行為が当該企業の従業員としての職務の適格性や当該企業の信用に影響を与える危険がある場合などが考えられます。

会社都合による内定取消は認められるのか?

会社都合による内定取消しとしては、採用内定後に企業の経営が悪化した場合などが考えられます。

このような場合には、整理解雇に準ずるものと扱われるため、整理解雇の適法性を判断する際の要素である、①人員整理(採用内定取消し)の必要性があるかどうか、②企業が採用内定取消しを回避する努力義務を果たしたか否か、③採用内定取消しの対象となった人員の選定について合理性があるか否か、④企業が採用内定取消しにあたって適正な手続を遵守したか否かを考慮して、採用内定取消しの適法性が判断されることになります。

内定を取り消すことで生じる企業へのリスク

企業にとって社会からのイメージや信用は極めて重要であるところ、不当な採用内定取消しをしてしまい一旦企業に対する社会からのイメージや信用が悪化してしまうと、取り返しのつかないことになってしまいかねません。

不当な内定取消であれば訴訟に発展する可能性も

企業が不当な採用内定取消しをしてしまった場合、内定者が企業の採用内定取消しが違法であるとして、内定者から企業に対して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟が提起される危険があります。採用内定取消しが違法である場合、企業としては内定者を雇用した上で損害賠償責任も負う可能性があります。

損害賠償の内容としては、裁判例上、内定者が被った精神的苦痛に対する慰謝料のほか、内定者が再就職に要した期間までの当該企業において約束されていた基本給から雇用保険金が控除された金額が逸失利益として認められるなど(福井地判平成26年5月2日)、企業が内定者に対して多額の損害賠償責任を負う可能性があります。

内定取消はどのように行えばよいのか?

企業から採用内定者に対して、留保された解約権の行使として、採用内定取消通知を行います。企業と採用内定者の間でトラブルとなる可能性がある場合には、配達証明付きの内容証明郵便により採用内定通知書を発送することが望ましいでしょう。

内定取り消しを円満に行うためのポイントとは?

企業が内定者に対して採用内定取消通知を行う際、その取消理由の記載を丁寧にすることにより、内定取り消しが円満となる可能性が高まります。具体的には、内定者が理解しやすいように、通知書に取消理由を適切、明確に記載することなどが考えられます。

再就職先の確保に向けた支援について

採用内定取り消しについては、国による支援を受けられる場合があるため、企業としては、内定者を国による支援窓口につないであげるといった支援が考えられます。

例えば、昨今のコロナ禍による採用内定取り消しの増加を受け、厚生労働省が、新卒者内定取消等特別相談窓口を設置しています。企業としては、こういった支援窓口の存在を把握しておき、内定者に情報を提供するといった支援が可能です。

内定取消に関する判例

事件の概要

本事案は、企業が「内定者がグルーミー(陰気)な印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかもしれないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかった」ことなどを理由に採用内定を取り消したこと(解約権の行使)が、解約権の濫用となるか否かが問題となった事案です。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

本件判例は、前記2の判断枠組みを提示した上で、グルーミーな印象であることは当初からわかっていたことであるから、企業としてはその段階で調査を尽くせば、その適格性の有無を判断できたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後不適格性を打ち消す材料が出なかったので内定を取り消したことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認できず、解約権の濫用になると判断しました。

ポイント・解説

本件判例は、採用内定者の選考段階において企業がわかっている事情や、選考プロセスにおいて企業が調べることが可能な事情に基づき採用内定を取り消すことは、解約権の濫用と判断される可能性があることを示したものといえます。本件判例を踏まえると、採用内定取り消しを行う際には、その対象者の選考に関する資料を精査しておくべきといえます。

内定取消で後々トラブルとならないためにも、企業法務に詳しい弁護士にご相談ください。

企業が採用内定取り消しについての対応を誤れば、内定者との間で無用な紛争が発生し、多額の損害賠償責任を負うほか、社会からの企業のイメージ・信用が低下するなどといった事態に陥りかねません。このような事態を回避するためにも、是非とも専門家である弁護士にお早めにご相談することをおすすめいたします。

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監修:弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長
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