監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- 賃金
近年、従業員又はすでに退職した従業員から、過去の残業代等の未払賃金を支払うよう、企業に対し請求がなされる事案がよく見られます。
事案によっては、相当高額な請求がなされており、企業にとっては、金銭的な負担及び訴訟対応に関する負担が生じるという点で看過できない問題であると言えます。
本稿では、賃金未払いの類型としてどのようなケースがあるのか、未払いによって企業はどのような責任を負うのかについて、解説していきます。
目次
賃金の未払いで企業が負うリスク
企業は、雇用する労働者に対して、労働の対価として支払う賃金を、原則として、全額支払う必要があります。
一部の賃金について未払いであれば、未払分及び未払い分に対する遅延損害金を支払う義務が生じることに加え、支払いを怠ったことに対する刑事及び民事上の責任を負うことがあります。
また、賃金の未払いは法令違反であるため、労働基準監督署からの是正勧告を受ける可能性もあります。
賃金未払いの主な類型とは?
賃金未払いに関しては、下記のように、いくつかの類型に分類することができます。
①時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金の未払い
時間外労働・休日労働・深夜労働に対する割増賃金を支払っていないというケースです。
労基法32条の法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働者を働かせた場合や、深夜労働(午後10時から午前5時までの時間帯の労働)の場合、法律で定められている毎週1回の休日(法定休日、労基法35条1項)に労働をさせる場合には、割増賃金を支払う必要があります。
②固定残業制(みなし残業制)の割増賃金の未払い
企業によっては、固定残業制を定め、一定の額を、固定残業代として、あらかじめ支払っている場合もあります。
しかしながら、固定残業代で賄うことのできる残業時間を超えて、労働者を働かせた場合には、当然、その部分についても割増賃金を支払う義務が生じ、これを支払わないことも賃金未払いに当たります。
③フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払い
フレックスタイム制とは、あらかじめ、一定の期間における総労働時間を決めた上で、労働者が自身の労働時間の配分を自由に決めることのできる制度です。
フレックスタイム制の場合には、清算期間の日数に応じて算定される総労働時間を超えた場合に、時間外労働となります。
また、休日労働を行った場合には、別途、その時間に対応する賃金を支払う必要があります。
変形労働時間制とは、特に繁閑期のある業種の会社等が、業務の都合に応じて、労働時間を設定した上で、一定の期間における労働時間を平均する制度です。
変形労働時間制における時間外労働時間の計算は、変形労働時間制を1週間単位で置くのか、1か月単位か、1年単位かによっても変わるため、複雑なものとなります。1か月単位での変形時間労働制を例にご説明します。
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1日について
所定労働時間が8時間を超える日は、所定労働時間を超えた時間
それ以外の日は8時間を超えた時間 -
1週間について
所定労働時間が40時間を超える週は、所定労働時間を超えた時間
それ以外の週は、40時間を超えた時間(①を除く) -
全期間について
期間における法定労働時間の総枠(1週間の法定労働時間×期間の日数÷7日)を超える時間(①、②を除く)
⑤管理監督者の割増賃金の未払い
管理監督者とは、労基法41条2号で定められている「監督若しくは管理の地位にある者」を言います。管理監督者の場合、時間外労働・休日労働の規定については適用が除外されており、それらに関する割増賃金を支払う必要はありません。
もっとも、深夜労働については適用が除外されていないため、対応する、割増賃金(深夜手当)の支払いは必要です。
なお、労働者が管理監督者に当たるかどうかは、会社での肩書ではなく、実際の職務の勤務実態や権限、責任の重要性等によって判断されますので注意が必要です。
④賃金支払いの5原則の違反
賃金支払いの5原則とは、労基法24条において定められている、使用者から労働者に賃金を支払う際のルールです。
具体的には、①通貨払いの原則、②直接払いの原則、③全額払いの原則、④毎月1回以上払いの原則、⑤一定期日払いの原則です。
各原則に応じた例外も設けられていますが、これらの原則のいずれかに違反した場合、使用者は、30万円以下の罰金に処される可能性があります(労基法120条1号)。
賃金未払いで企業に科される罰則
上述のような類型で、賃金の未払いがあった場合、企業としては、以下のような罰則を科される可能性があります。
刑事責任
賃金の未払いについては、労基法119条において、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」という罰則が定められています。
企業に対する刑事罰としては、懲役刑は考えられないため、罰金計が科されることとなります。
民事責任
また、企業は民事上の責任も問われることとなります。労働者は、労働契約に基づいて働き、その対価としての賃金を会社に対して支払うよう求める権利を有するからです。
付加金の支払い
未払の賃金に加えて、それと同じ額の金銭を、付加金として、労働者に対して支払うよう命じられる場合もあります。
付加金の支払いが命じられる可能性のある未払賃金は、①解雇予告手当(労基法20条1項)、②休業手当(同法26条)、③時間外・休日労働等の割増賃金(同法37条)、④年次有給休暇中の賃金(同法39条9項)です(同法114条)。
遅延損害金の支払い
未払賃金については、その支払いを遅滞したことから、遅延損害金を支払う必要もあります。
遅延損害金の額は、民法上の規定に従い、それぞれの未払賃金の支払日の翌日から年3%(令和2年4月以前の賃金は年5%)の割合です。
もっとも、賃金の支払いを受けないまま退職した場合には、退職日の翌日から14.6%の遅延利息が発生します(賃金の支払の確保等に関する法律6条)。
労働者から未払い賃金を請求された場合の対応
労働者から未払い賃金を請求された場合、まずは、その労働者に対する賃金の支払い状況を確認する必要があるでしょう。
その上で、就業規則等の規定を確認し、その労働者の実際の労働時間と照らし合わせて、請求された未払い賃金のうち、法律上支払う義務のある部分がどこまでなのかについて、検討していく必要があります。
未払いの賃金請求には時効がある
一定の未払賃金については、既に時効が成立しているとして、その支払いを拒むことが考えられます。
未払賃金請求をすることができる期間は、令和2年4月以降の未払賃金については支払日の翌日から起算して、原則5年間、ただし、当面の間(施行から3年間)は3年と定められています(労基法115条)。
同期間を経過している部分については、労働者がその支払いを請求することができないと、企業としては主張していくことが考えられます。
賃金未払いを未然に防ぐためにできること
賃金の未払いを事前に防ぐためにできることとしては、以下のようなものが挙げられます。
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変形労働時間制の導入
変形労働時間制を導入した場合、一定の単位期間における労働時間数の平均が法定労働時間内に収まっていれば、1日8時間、週40時間の労働時間の制限を解除することができます。
ただし、変形労働時間制は正しく運用しなければ、未払い賃金が発生しやすい制度ですので、運用には十分な注意が必要です。 -
固定残業代の支払い
企業側から、一定の時間に対応する割増賃金を固定で支払うこととすれば、その部分については、計算することなく、一律で支給することができます。
ただし、固定残業代は、基本給との区別が明確になされている必要がありますので注意が必要です。 -
事業場外みなし労働時間制の導入
みなし労働時間制とは、事業場外での仕事が多く、労働時間を算定するのが難しい場合に、「特定の時間労働したこととみなす」制度のことです。労働時間とみなされた部分について賃金を支払うことで、基本的には、賃金の未払いという事態を回避することができます。 -
裁量労働制の導入
裁量労働制を導入すれば、労働者自身が、あらかじめ労働時間の配分を決定し、定められた時間について労働したものとみなすことができます。
事前に定めた時間について働いたものとみなされる以上、それを超える時間分については、原則として時間外労働とはなりません。
未払い残業代の請求を巡る裁判例
以下、未払残業代の請求に関する裁判例として、1件紹介します。
事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日判決)
事件としては、派遣社員として人材派遣会社に勤務していたAさんが、退職の際、平成17年5月から平成18年10月までの間の時間外労働についての未払い賃金と付加金の支払い等を求めたものです。
Aさんは以下のような契約の中で、上記の期間の間、1日8時間、1週間で40時間を超える時間外労働をしていました。
- 基本給月額41万円
- 月の総労働時間が180時間を超えた場合には、超過した時間につき、追加で賃金を支払う
- 月の総労働時間が140時間に満たない場合には、満たない時間につき、賃金を控除する
裁判所の判断
最高裁は、Aさんの契約上、月の総労働時間が180時間以内の場合には、時間外労働があったとしても、基本給の増額はないこと、月額41万円の全体が基本給とされていて、割増賃金との区別がされていた等の事情もうかがわれないこと、割増賃金の対象となる時間は、月ごとに相当大きく変動しうることなどから、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないとしました。
したがって、月間180時間を超える労働時間の時間外労働のみならず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、月額41万円の基本給とは別に、割増賃金を支払う義務を負うとしました。
ポイント・解説
この判決のポイントは、固定残業代について、基本給と、割増賃金との明確な判別を要求している点です。
この判決を踏まえると、基本給と、割増賃金が明確に判別できない規定となっている場合には、固定残業代の支払いという主張が認められず、むしろ一体化している部分(前記判決では月額41万円)については、すべて基本給とみなされた上で、その額に応じた割増賃金の支払いを命じられる可能性がありますので、固定残業代の規定方法については、注意が必要です。
賃金未払いによるトラブル防止のために、労務問題に強い弁護士がサポートいたします。
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