労務

円満に内定取消を行う方法

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹

監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士

  • 内定取消

企業は、採用の自由が認められている一方、一旦雇用すると解雇することは難しく、限られた経済的資源の中で人材を採用することになるため、人材選択は極めて重大な選択となります。 一方、労働者は、内定を取り消された場合、就業先を失うこととなり、非常に大きな不利益を被ります。 このように採用の場面は、企業側や労働者側、双方にとって重大な利益が衝突する場面でもあるため、法的紛争へ発展するリスクが高い場面といえます。 また、法的紛争に至った場合には、企業イメージの低下や応募者の減少等にも繋がるため、円満に解決することが極めて重要となります。

内定者の問題行為を理由に内定を取り消せるのか?

まず、内定の法的性質ですが、一般的に採用内定通知により、始期及び解約権の留保付きの労働契約が成立したと考えられます。そのため、内定取消は、留保解約権の行使にあたります。 使用者からの理由なき一方的な内定取消しは認められませんが、判例に照らすと、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができる場合には内定を取り消すことができると解されます。 したがって、内定者の問題行為が、どのような問題行為かによります。 犯罪行為を行った場合や重大な経歴詐称をしていたことが発覚した場合等は、内定を取り消せる可能性が高いですが、合理的な理由により研修に参加しないというような場合であれば内定を取り消すことは難しいと考えられます。

内定者側の事由により内定取消が認められるケース

犯罪行為を行った場合

一般的に、内定者が犯罪行為を行ったことにより内定取消を行った場合は、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当と判断される可能性が高いといえます。 具体的には、公安条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分(起訴がなされなかった場合)を受けた場合であったとしても、解約権の行使は有効と判断されました(最高裁昭和55年5月30日)。

重大な経歴詐称が発覚した場合

内定取消は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができる場合にできると解されます。 そのため、企業側が内定者を選別するにあたって重要な判断項目となる経歴や能力等について詐称をしていた等、重大な経歴詐称が発覚した場合には、内定取消が認められる可能性があります。 もっとも、企業側は採用選考の際に知りえた事情や調査しえた事情で内定を取り消すことは難しいと考えられます(東京地判平成16年6月23日)。

“悪い噂”で取消は認められるのか

内定取消は、解約権の行使が客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できる場合に認められます。 そのため、その“噂”が調査の結果、客観的に信用に足るものである等、特段の事情がある場合を除き、噂の域を出ないものであれば、解約権の行使が客観的に合理的で社会通念上相当として是認されることは難しいといえます。裁判例上も、内定取消に用いられた情報が「あくまで伝聞にすぎず、噂の域をでないものばかりであり、当該噂が真実であると認めるに足りる証拠は存在しない」として、内定取消を無効としています(東京地裁平成16年6月23日)。

円満な内定取消とリスク回避の重要性

内定取消で企業名が公表されるケース

職業安定法施行規則上、以下の場合には、厚生労働大臣が内定取消を行ったことを公表できるとされています。(なお、倒産により新規学卒者に係る翌年度も募集又は採用が行われないことが確実な場合は除かれます。)

 ① 2年度以上連続で内定取消が行われたもの
 ② 同一年度において10名以上の者に対して行われたもの(但し、内定取消を行った者に対し、雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用を速やかに確保した場合を除く。)
 ③ 事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに行われたもの
 ④ ア 内定取消の対象となった新規学卒者に対して、内定取消を行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき
イ 内定取消しの対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき

内定取消を円満に行う方法

内定取消の事由を予め明示しておく

まず、内定取消の事由を予め明示しておくことで紛争リスクを軽減することができます。 企業側としては、内定者に対し、内定取消の事由に該当していることを理由に内定を取り消すことができます。 そして、労働者側としては、どのような場合に内定取消がなされるか予見可能となること、内定取消の理由が明確となること、公平性が担保されていること等から不満が残りづらいといえます。 もっとも、網羅的に予め明示しておくことは困難かと思いますので、どのような内容を明示すればよいかお困りの場合には、一度専門家に相談することをおすすめします。

内定取消の通知は早めに行う

内定取消を行う場合は、内定者に対し、その通知を早めに行うことが重要となります。 内定取消の通知を早めに行うことで、内定者が就労の準備を進めることを回避できたり、次の就労先を探す機会を得ることができます。 円満な解決を図るためには、内定者の不安や負担を軽減することが重要です 次の就労先がある場合や内定取消による経済的負担等を抑えることができた場合には、紛争に至る可能性は低くなると考えられます。

内定者と直接話し合う

内定取消しを行う場合、採用内定取消通知書を内定者に対し送付するというケースが少なくありません。このような方法は、内定者に対し、取消理由を明確にし、内定取消を行ったということが明確になるため、非常に有用な方法といえます。 一方、内定者側は、内定取消により就労先を失う等の重大な不利益を被ることとなるため、書面のみで通知されることに納得がいかず、強い不満を抱く原因にもなります。 そのため、円満に内定を取り消すためには、採用内定取消通知書を送るだけでなく、内定者と直接話し合うことも重要と考えられます。

金銭補償等を提示する

内定者は、内定取消により、就労先を失うこととなります。そのため、内定者は、それにより今後経済的な収入が得られなくなることが最も懸念される部分といえます。 企業側としては、そのような内定者の不安を取り除くことで紛争リスクを回避することができます。 そこで、円満に内定を取り消す方法の1つとして、内定取消の通知の際に、一定の金銭補償を提示するという方法が考えられます。このような方法を採る企業も増えています。 なお、円満に解決をするためには、金銭提示をするのみだけではなく、内定者と話し合う等、誠意をもって対応することが必要でしょう。

トラブル防止のためにも合意書を作成

内定取り消しが合意に至った場合には、合意書を作成しておくことは、紛争の蒸し返しを防ぐ上で極めて重要です。 一旦内定取消について、合意に至っていた場合であっても、口頭のやりとりだけでは、後々争いになった場合、内定取消の合意があったのかやどのような条件で内定取消がなされたのか等について立証することが困難となります。 合意書を作成することは、企業側にとってメリットがあるだけでなく、内定者側の権利(どのような条件で内定取消を行ったか等)を確保することにも繋がるため、双方にとって非常に有益といえます。

内定取消について争われた裁判例

事件の概要

内定者は、博士課程に在籍する学生であった。企業側より、内定者懇親会にて、入社までに研修が行われる旨の説明がなされ、その参加に関し、当該内定者は、特に異を唱えることなく黙示的に参加することに同意していた。 しかし、内定者は、研究のため入社前研修に参加することができなくなった。企業側は、当該内定者が入社前研修への不参加を理由として、内定を取り消した。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

使用者は、内定者の生活の本拠が、学生生活等労働関係以外の場所に存している以上、これを尊重し、本来入社以後に行われるべき研修等によって学業等を阻害してはならないというべきであり、入社日前の研修等について同意しなかった内定者に対して、内定取消しはもちろん、不利益取扱いをすることは許されず、また、一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき、入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っていると解するのが相当である(東京地判平成17年1月28日)。

ポイント・解説

内定者が、学生等の場合、入社日前の研修に明示又は黙示的に参加を同意していたとしても、学業への支障など合理的な理由がある場合には、研修への不参加をもって内定を取り消すことは難しいと考えられます。

内定取消を円満に行うには会社側の配慮が必要です。労使トラブル防止のためにも、まずは弁護士にご相談下さい。

内定取消は、労働者に重大な不利益を生じさせる法律行為といえます。そのため、労使トラブルに発展するケースが少なくありません。法的紛争に至った場合には、企業イメージの低下や採用志願者の減少等にも繋がるため、円満に解決することが極めて重要となります。 そして、円満な解決を図るためには、企業側及び労働者側双方が争った場合の最終的な帰結や法的に妥当な解決点を共有することが重要です。そのためには法的な知識・知見が必要となります。 お悩みの際には、お気軽に弁護士の方にご相談下さい。

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