監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- 残業
長時間労働は労働者にとって精神的、身体的に大きな負担となり、会社との間で残業命令の適法性が問題になることが多々見受けられます。
そうした紛争をあらかじめ防止するため、残業命令に必要な要件やその内容を具体的にみていきましょう。
目次
会社が残業を命じるために必要な要件とは?
会社が適法に残業を命じるためには、以下の3つの要件が満たされている必要があります。
36協定を締結している
36協定とは、労働基準法36条に基づく労使協定のことをいい、使用者が「労働者の過半数で組織する労働組合」、または、これがない場合には「労働者の過半数を代表する者」との間で締結する「書面による協定」のことをいいます。
この36協定が行政官庁に提出されることで、労働時間の延長が違法ではなくなるという効果が生じます。
労働契約や就業規則に残業の規定がある
36協定が締結され、行政官庁に提出されることで労働時間延長の違法性がなくなります。
しかし、36協定は、この違法性を消失させる効果しか有しておらず、個々の労働者に対して残業の義務を負わせる効果は有していません。
個々の労働者に対して残業義務を設定するためには、個別に労働契約を締結するか就業規則に残業の規定を設ける必要があります。
残業命令が違法となるケースとは?
上記の要件が満たされている場合であっても、常に残業命令が適法になるわけではありません。
特に、以下の場合には、残業命令が違法と判断される可能性がありますので注意しましょう。
法律が定める上限時間を超えている
労働基準法には、労働者を、休憩時間を除き、1日で8時間、1週間で40時間を超えて労働させてはならないと定められています。
36協定を締結した場合であっても、原則として1か月で45時間、1年で360時間の上限が定められており、この時間を超えて残業を命じることはできません。
残業代を支払わない(サービス残業)
36協定を締結した残業であっても、当然、使用者には労働者に対して残業代を支払う義務があります。適正な残業代を支払わなかった場合には、後日、遅延損害金を含め多額の残業代の支払いを求められる可能性がありますので注意しましょう。
残業命令がパワハラに該当する
必要のない残業を強要した場合や嫌がらせ目的で残業を命じる場合など、上司の優越的地位を利用して適正範囲外の残業命令により部下などに精神的・身体的苦痛を与えた場合には、残業命令がパワハラに該当すると判断されてしまう可能性がありますので注意が必要です。
労働者の心身の健康を害するおそれがある
会社には、労働者の身体的・精神的な健康や安全に配慮すべき義務(職場環境配慮義務や安全配慮義務)があります。そのため、残業の命令により労働者の心身の健康を害するおそれが認められた場合には、当該残業命令により生じた労働者の損害について賠償する責任が生じる可能性がありますので注意しましょう。
妊娠中または出産から1年未満の労働者への残業命令
労働基準法には、妊娠中または出産から1年未満の労働者には残業をさせることができない旨規定されています。これは、36協定が締結されている場合でも同様です。
育児・介護中の労働者への残業命令
育児介護休業法の定めにより、3歳未満の子どもを養育している労働者に対しては、一定の場合を除き、所定の労働時間を超えて労働させることはできません。また、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者についても、一定の場合を除き、所定の制限期間を超えて残業を命じることはできないことになっています。
これらは、要介護状態にある家族を介護している労働者が請求した場合にも同様の扱いをするよう育児介護休業法に定められています。
違法な残業命令をした会社が負う不利益・罰則
違法な残業命令をしてしまった場合には、使用者は、労働者に対して、当該残業時間分の残業代を支払う必要があるとともに、残業時間の法廷上限時間を超えて残業を命じていた使用者には「6か月以下の懲役」または「30万円以下の罰金」が科される可能性があります。
残業命令が違法とならないための対処法
残業命令の適法性を確認する
残業命令を行う前に、まずは上述したような要件を満たしているかを確認しましょう。
特に、36協定は締結していても残業についての個別的な労働契約が存在していないといった事例も見受けられるため注意が必要です。
正当な理由がある場合は残業を強制しない
労働者に残業ができない正当な理由がある場合に残業を強制することは、ともすればパワハラに該当するケースもありますので、こうした場合には残業以外の方法で解決ができないか検討するほうがよいでしょう。
労働時間を適正に把握・管理する
36協定が締結されていても、残業が可能な時間には上限があることはすでに説明したとおりです。
意図せずに残業可能時間の上限を超えて残業させてしまっていたということが起こらないよう、労働時間を適正に把握・管理することが必要となります。
残業命令を拒否した従業員の懲戒処分や解雇は違法か?
残業命令は、すでに説明したような要件を満たす限り、労働者に対して定められた範囲で残業をする義務を課すものです。とはいえ、労働者についても残業が行えない「正当な理由」がある場合には、残業を拒否することができます。
残業命令を拒否した従業員の懲戒処分や解雇の有効性は、この「正当な理由」の有無によるといっても過言ではありません。
残業を拒否した従業員の処遇を検討する際には、その拒否の理由を慎重に検討する必要があるといえるでしょう。
残業命令の違法性が問われた裁判例
事件の概要
従業員Xの勤め先であるY社において、Xの上司AがXの手抜き作業を発見し、Xに対して、残業のうえ手抜き作業の原因の究明等を命じた(本件残業命令)ところ、Xはこれを拒否し、その翌日に命じられた作業を行いました。
Xが本件残業命令を拒否したことを受け、Y社は、Xを14日の出勤停止処分としたうえで、始末書の提出を命じましたが、Xは、本件残業命令に従う義務はないとして、始末書においてもそのような態度を変えませんでした。Y社は、Xが従前数回の処分を受けていることや今回のXの態度を重くとらえ、就業規則に規定される「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みのないとき」という懲戒事由に該当するとして、Xを懲戒解雇としました。
Xは、本件の懲戒解雇は無効であるとして、従業員たる地位の確認の訴えを提起しました。
なお、Y社の就業規則には、業務上の都合によりやむを得ない場合には、Y社労働組合との協定により一日八時間の実働時間を延長することがある旨定められており、Y社とその労働者の過半数で組織する組合との間において「会社は、①納期に完成しないと重大な支障を起すおそれのある場合、…(中略)…、⑤生産目標達成のため必要ある場合、⑥業務の内容によりやむを得ない場合、⑦その他前各号に準ずる理由のある場合は、実働時間を延長することがある。前項により実働時間を延長する場合においても月四〇時間をこえないものとする。」という36協定が締結されていました。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所は、労働基準法三二条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と36協定を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該三六協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものとしたうえで、Y社に定められている就業規則の規定及び本件36協定は合理的かつ相当であり、Aの本件残業命令は本件36協定の⑤~⑦に該当するとしてXには時間外労働をする義務があったと判断しました。
これにより、Y社がXの従前の処分歴及びXが本件残業命令に従わなかったことをとらえて懲戒解雇をしたことは、権利の濫用に該当することもなく、懲戒解雇は有効と判断されました。
ポイント・解説
本判決は、時間外労働義務を生じさせるためにいかなる根拠が必要であるかについて、初めて判断を下したという意味で先例的な価値を有します。
従業員に対して、時間外労働義務を生じさせるためには、36協定のみならず就業規則での定めか従業員との個別的な合意が必要であることはこれまで解説してきたとおりですが、その定めはどのような内容でもいいわけではなく、合理的な内容である必要があることがこの判例によって導かれます。
残業命令や残業代に関するお悩みは、弁護士までご相談ください。
残業命令や残業代トラブルは、労使間トラブルの代表例の一つともいえるほど頻繁に起こりうる問題です。しかし、その一方で、法律上細かいルールがたくさん存在し、トラブルになった際の判断基準も必ずしも明確なものではありません。残業命令に従わない従業員がいる場合や残業代の支払い方が適当であるのかがよくわからないといった場合には、労務問題に強い専門の弁護士にお気軽にご相談ください。
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