監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- 残業代請求対応、未払い賃金対応
従業員から残業代を請求された場合、会社側としては、どのような対応をとるべきでしょうか。
従業員から請求があれば、会社側も適切に対応する必要があります。
以下では、従業員に反論する際のポイントも含めて、会社側がとるべき対応をご説明していきます。
目次
従業員から残業代を請求された場合の対応
従業員から残業代を請求された場合、必ずしも請求額全額を即座に支払わなければならないというわけではありません。
従業員から高額な残業代の請求を受けるケースもあるため、会社としては、従業員の請求の内容を十分に検討する必要があります。
従業員の請求に反論の余地があるかを検討する
まずは、従業員がどのような根拠に基づいて残業代を請求しているのか、確認することが大切です。
就業規則の有無や内容、36協定等の労使協定の有無、雇用契約書の有無や内容を確認し、どのような場合に、残業代の支払い義務が発生するのか確認します。
また、従業員の勤務状況を正確に把握するため、勤務表(タイムカード等)や賃金台帳も確認すべきです。
これらの資料を確認した上で、従業員の請求が正当なものか、反論の余地がないかを検討してきます。
会社が検討すべき反論ポイントは、後述の2で説明いたします。
支払い義務のある残業代を計算する
従業員の勤務状況を把握することができれば、就業規則等で定めている残業代の計算方法に基づき、具体的な未払い残業代の額を計算していきます。
労働者が主張する残業代の計算方法と一致しているかどうか確認する必要もあります。
和解と反論のどちらで対応するかを決める
従業員からの請求に反論の余地がある場合であっても、反論をすることにより、紛争が長引く可能性があります。
そのリスクを考慮し、和解(話合い)によって早期に解決するという選択もあります。会社側から従業員に支払う金額を提示し、従業員の了承を得られれば、和解となります。
もっとも、労基法24条1項により、労働者の生活の安定を保護するため、賃金は、その全額を労働者に直接支払わなければならないと定められていることから、労働者が和解で賃金債権を放棄する場合には、一定の制約が設けられています。
具体的には、労働者の賃金債権放棄の意思表示が有効といえるためには、当該意思表示が自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していることが必要です(最二小判昭48年1月19日民集27巻1号27頁)。
そのため、和解(話合い)で対応する場合、合意書だけでなく、労働者の自由な意思に基づいてなされた意思表示であることを基礎づけるために、話合いの経緯等を逐一記録しておくことも重要です。
労使間の話合い(和解)による解決を目指す
上述のとおり、従業員との話合い(和解)による解決を目指すのであれば、従業員に対し、会社側の提案の根拠を示し、説明する必要があります。
あくまで話合いですので、そもそも従業員が話合いに応じなかったり、会社側の提案を拒否したりした場合には、話合いによる解決は困難となります。
労働審判や訴訟に対応する
労使間で話合いや和解ができなかった場合、従業員から労働審判の申立てや訴訟を提起される可能性がございます。
申立てがされた場合、会社側は、裁判所から指定された期限までに答弁書を提出しなければならないため、具体的な事実関係を確認し、主張や証拠を整理する必要があります。
残業問題に詳しい弁護士に依頼する
労働審判や訴訟だけでなく、交渉の段階で、弁護士に依頼することも一つの方法です。
初動を誤り、適切な対応をできないと、結果的に不当に多額な残業代を支払うことになったり、別の紛争を生じさせたりしてしまう可能性があるため、請求を受けたら、なるべく早く依頼することをお勧めします。
残業代請求に対する会社側の5つの反論ポイント
従業員の請求内容を確認した後、会社側に反論の余地がないかを検討してきます。その際、検討すべきポイントは以下のとおりです。
①従業員が主張している労働時間に誤りがある
従業員が残業をしていた事実がないのであれば、会社が当然に残業代を支払う必要はありません。
従業員の勤怠記録や業務状況の記録を確認し、従業員が主張する労働時間に労働していなかったことを反論していくことになります。
もっとも、昨今では、タイムカード等によって労働者の勤怠状況が管理されていることがほとんどであり、タイムカード等に記載された時間が労働時間にあたると認定される可能性が高いです。
会社としては、当該労働者が業務以外の行為を行っていたなど、具体的な事実に基づいて、従業員が主張する時間が労働時間にあたらない旨反論をしていく必要があります。
②会社側が残業を禁止していた
会社側が残業禁止の業務命令を出していたのであれば、これに反して従業員が残業を行ったとしても、会社に残業代を支払う義務は生じません。
会社としては、残業禁止の業務命令を出していたこと、会社の指示による残業ではないことを反論していきます。
もっとも、残業禁止命令さえ出していれば、直ちに残業代の支払い義務を免れるわけではありません。
従業員が自発的に残業をしていることを会社側が黙認していたり、法定労働時間内に処理することが明らかに困難な業務を従業員に与えていたりしていた場合には、会社の黙示の指示があったとして、業務に従事していた労働時間に該当すると判断される可能性があります。その場合、会社は、労働時間に応じた残業代を支払わなければなりません。
③従業員が管理監督者に該当している
「管理監督者」(労基法41条2号)とは、労基法で定められた労働時間・休憩・休日の制限を受けない労働者のことをいいます。
残業代を請求してきた従業員が「管理監督者」にあたる場合、労基法上の労働時間等の規制を超えて労働していたとしても残業代を支払う必要がありません。
したがって、会社としては、当該従業員が「管理監督者」にあたることを具体的な事実に基づいて、反論していくことになります。なお、「管理監督者」であっても、深夜労働(午後10時から午前5時まで)の割増賃金を支払わなければならない点には注意が必要です。
④固定残業代(みなし残業代)を支給している
固定残業代制度とは、割増賃金を支払う代わりに、実際の残業時間にかかわらず、定額の残業代を支払う制度をいいます。
会社が固定残業代制度を採用しているのであれば、同制度に基づき残業代を支払ったこと及びみなし残業時間を超えて支払義務が発生していないことを反論していきます。
⑤残業代請求の消滅時効が成立している
残業代請求権については、労基法115条により、消滅時効期間は5年間と定められています。
もっとも、従前の労基法が時効期間を2年と定めていたため、経過措置として、当分の間、時効期間は3年とするとされています(労基法143条3項)。
そのため、請求された日から3年前以前のものについては、消滅時効の援用を主張し、支払いを免れることができます。
残業代請求の訴訟で会社側の反論が認められた裁判例
残業代請求の訴訟において、会社側の反論が認められた裁判例をご紹介します。
会社側が「固定残業代(みなし残業代)を支給している」(上述2-4④)と反論し、その反論が認められた裁判例です。
事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
本ケミカル事件(最一小判平成30年7月19日労判1186号5頁)
保険調剤薬局の運営を主たる業務とするY社を退職した従業員Xが、会社に対し、未払いの残業代(時間外労働等に対する割増賃金)の支払いを求めた事案です。
Y社は、時間外労働に対する割増賃金を支払う趣旨で、「業務手当10万1000円」を支給した旨反論し、この業務手当の支給が割増賃金の支払いとして有効かどうかが問題となりました。
なお、前提事実として、XY間の雇用契約書等には以下の内容の記載がありました。
- ・XY間の雇用契約書:「基本給46万1500円 業務手当10万1000円」
- ・XY間の採用条件確認書:「給与 業務手当 101,000 みなし時間外手当」「時間外勤務手当の取り扱い 年収に見込み残業代を含む」「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」
- ・Y社賃金規程:「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する」
裁判所の判断
①「本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びにY社の賃金規程において、月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのである。」
②「Y社と従業員X以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから、Y社の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。」
③「従業員Xに支払われた業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、従業員Xの実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない。」
「これらによれば,従業員Xに支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから、上記業務手当の支払をもって、従業員Xの時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。」
と判断しました。
ポイント・解説
結論として、裁判所は、Y社の業務手当の支払いを時間外労働等に対する割増賃金の支払いとして有効であると判断しました。
その理由として、XY間の雇用契約書等の記載内容に着目し、同書類に「業務手当」が時間外労働に対する割増賃金の趣旨で支払わる旨記載がされていたこと(①②)、実際の時間外労働時間数と手当のみなし残業時間数に大きな乖離がなかったこと(③)をあげています。
会社側が有効な反論をするためにも、固定残業代制度を採用する際には、
- ・通常の賃金にあたる部分と固定残業代に当たる部分を明確に分けること
- ・手当が固定残業代の趣旨で支払われる旨雇用契約書等に記載もしくは従業員に説明すること
- ・実際の時間外労働時間数とみなし残業時間数が大きくかけ離れていないこと
といった点に注意が必要です。このように、固定残業代制度の有効性は、様々な事情が考慮されるため、固定残業代制度を導入・運用する場合には専門家に相談することをお勧めいたします。
従業員からの残業代請求に対応する際の注意点とポイント
従業員から残業代請求があった際の注意点は、以下のとおりです。
残業代請求を無視しない
従業員からの請求を無視するなど、初動を誤ってしまうと、結果的に多額の付加金や遅延損害金を支払うことになったり、紛争が激化したりする可能性があります。付加金とは、労働者の請求により、裁判所が裁量により支払を命じる金銭のことです。これは、裁判所から付加金の支払いを命じる裁判が下され、裁判が確定した場合に、会社が従業員に未払賃金に加え、最大で当該未払い金と同一の額を労働者に支払う義務が発生するというものです。
会社として「未払いの残業代はない」と考えているのであれば、放置するのではなく、従業員に対し根拠を示した上で、反論をすることが重要です。
労働基準監督署への対応は誠実に行う
従業員が労働基準監督署に申告した場合、労働基準監督署から会社に調査が入り、是正勧告等がされることがあります。
その勧告に従わずに放置し、事態の改善を図る等しなければ、最悪の場合、企業名を公表されたり、刑事責任の追及を受けたりする可能性があります。
労働時間の管理体制を見直す
一人の従業員から未払い残業代を請求されると、他の従業員からも同様の請求をされる可能性があります。
今後このようなトラブルが発生することを未然に防ぐためにも、会社側が適正な残業代の支払いができるよう、労働時間の管理体制を見直すことが必要です。
弁護士に残業代請求の対応を依頼するメリット
残業代請求に応じるべきかどうかアドバイスできる
労働者の正当な請求に対しては、会社としても適切に対応する必要がありますが、中には不当な請求をされるケースも往々にしてあります。
弁護士に依頼していただきますと、請求の前提となる事実関係を整理し、資料の確認等を行った上で、労働者の請求が正当か否かを判断し、応じるべきかどうかアドバイスをすることができます。
労働審判や訴訟に発展した場合でも対応できる
交渉での解決が図れず、仮に労働審判や訴訟に発展した場合でも対応することができます。
特に、労働審判は、3回以内の期日で終了することが法律で定められており、準備期間が極めて短い中で手続に臨む必要があります。
弁護士に依頼することによって、事件の事実関係を把握し、主張や必要な証拠を整理したうえで、迅速に対応いたします。
残業代以外の労務問題についても相談できる
今後このようなトラブルに発展することを防止するため、就業規則の新設や見直し、職場環境の改善等、残業代請求以外の労務問題についてもアドバイスすることも可能です。
従業員から残業代を請求されたら、お早めに弁護士法人ALGまでご相談下さい。
弊所には、会社側代理人として数多くの労務問題を取り扱い、専門知識・経験が豊富な弁護士が在籍しています。
初動対応を誤らないよう、従業員から残業代を請求された際には、お早めに弁護士までご相談ください。
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保有資格弁護士(大阪弁護士会所属・登録番号:40084)
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企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)