監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- 最低賃金
会社が従業員を雇用するにあたっては、従業員が行った労働に応じた最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません。
最低賃金は多くの人が意識していることではありますが、仮に最低賃金に違反してしまった場合にはどのような罰則やリスクが会社に生じるか疑問に思われたことはないでしょうか。
今回は、最低賃金制度はそもそもどういった制度であるか、違反したときの罰則やリスク、違反しないために注意すべき点などを裁判例も踏まえて徹底解説します。
賃金の問題は人を雇用する際には必ず生じる問題ですので是非ご一読ください。
目次
最低賃金制度とは?
最低賃金制度は、使用者(会社など)が労働者(従業員など)に対して支払う賃金について、国によって定められた最低賃金額を下回ることを禁止する制度です。
最低賃金には、都道府県ごとに設定された最低賃金である地域別最低賃金と、特定の産業を対象に定められた特定(産業別)最低賃金の2つがあります。
最低賃金を下回ることは違法
最低賃金法(以下,「最賃法」といいます。)4条1項において、使用者は労働者に対して最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないと義務付けられています。
したがって、1時間当たりの労働に対して支払われる賃金額が地域別最低賃金や特定(産業別)最低賃金を下回る場合には最賃法4条1項違反であり、違法となります。
最低賃金に違反した場合の罰則は?
最低賃金を支払っておらず、最低賃金規制に違反した場合には罰則が定められています。
罰則は、①地域別最低賃金額を下回る場合であるか、②特定(産業別)最低賃金額を下回る場合であるかによって異なります。
地域別最低賃金額を下回る場合
地域別最低賃金はその地域(都道府県)の全ての労働者に適用される最低賃金です。
支払われる賃金額が地域別最低賃金額を下回る場合には、50万円以下の罰金が科されることになります(最賃法40条)。
そして、この罰金刑は、最低賃金法違反の行為をした者のみならず、その者を雇っている事業主にも罰金が科されることがあります(最賃法42条)。
特定(産業別)最低賃金額を下回る場合
特定(産業別)最低賃金は、特定の産業に従事する労働者に適用される最低賃金になります。
労使の申出がある場合に厚生労働大臣または都道府県労働局長が設定するものであるため、これが設定されていない産業もあります。
特定(産業別)最低賃金額に関する罰則としては、船員に関する産業別最低賃金を下回る場合には、50万円の罰金が科されることになります(最賃法40条)。
また、船員以外に関する産業別最低賃金を下回る場合には、賃金全額払原則違反(労基法24条1項違反)として、30万円以下の罰金が科されることになります(労基法120条1号)。
そして、この罰金刑も最低賃金法違反の行為をした者のみならず、事業主にも罰金が科されることがあります(労基法121条1項)。
法的な罰則以外にも多くのリスクが発生する
このように最低賃金を下回る賃金を支払っていた場合には犯罪として罰金刑が科されることになりますが、他にも以下のような多くのリスクが発生します。
労働基準監督署の行政指導を受ける
労働基準監督署は最低賃金法違反の疑いがある事業場に対して、立ち入り調査を行います。
調査の結果、最賃法違反の事実が確認された場合には是正勧告が行われることもあります。
また、悪質な企業として最賃法違反の事項以外にも調査対象が拡張される場合もあり、他にも違反が見つかった場合にはそれに関する罰則も科される可能性があります。
労働者から未払い賃金を請求される
最低賃金以下の賃金を内容とする労働契約を使用者と労働者間で締結していたとしても、労働契約のうち最低賃金額に達しない賃金を定めている部分は無効となり、最低賃金と同様の定めをしたものとみなされます(最賃法4条2項)。
すなわち、労働契約締結時から支払うべき賃金は最低賃金額であったとされるため、これまで最低賃金を下回る賃金を支払っていた場合には、最低賃金との差額分の賃金について未払いが生じていることになります。
したがって、労働者から未払賃金としてこれまで支払ってきた賃金と最低賃金との差額を請求されることになります。
企業イメージの低下や離職につながる
最低賃金は、社会において、雇用において遵守されなければならない基本的事項と認識されています。
そのため、最低賃金法違反の事実が認められた場合には、コンプライアンス違反の企業と認識されることとなり、企業イメージの低下につながります。特に近年、SNSの発達などにより、悪評はすぐに広まってしまいますので、企業イメージに対する意識はこれまで以上に強く有していただく必要があるかと思います。
また、最低賃金が支払われていないことについて、従業員からも強く反発されることが予想され、従業員の勤労意欲の低下や離職につながります。
最低賃金に違反していないかを確認する方法は?
最低賃金に反していないか確認するには、各都道府県別に定められた地域別最低賃金を下回っていないか、特定の産業を対象に定められた特定(産業別)最低賃金が適用される場合にはこれも下回っていないか確認しなければなりません。
地域別最低賃金と特定(産業別)最低賃金のいずれも厚労省のウェブサイトから確認できますが、地域別最低賃金は毎年改定され、特定(産業別)最低賃金も改定されることもあるため、確認を怠らないようにしましょう。
最低賃金制度に関するルールと注意点
最低賃金に違反していないか、不必要に最低賃金を支払っていないか確認するにあたっては、以下の最低賃金制度に関するルールに注意する必要があります。
最低賃金の対象にならない賃金がある
最低賃金制度においては、1か月を超えない期間ごとに支払われる、通常の労働時間または労働日の労働に対して支払われる賃金が最低賃金額を超えている必要があります。
したがって、「実際に労働者に支払われる賃金」から「最低賃金制度の対象とならない除外すべき賃金」を除外することによって「実際に支払っている最低賃金制度の対象となる賃金」を算出し、その対象となる賃金が1時間当たりの最低賃金を超えることが必要となります。
具体的に除外すべき賃金としては、①臨時に支払われる賃金(結婚手当、病気見舞金、退職金等)、②1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)、③所定労働時間を超える労働に対して支払われる賃金(時間外労働割増賃金等)、④所定労働日以外の労働に支払われる賃金(休日労働割増賃金等)、⑤深夜労働(午後10時から午前5時)に対して支払われる賃金のうち通常の労働時間の賃金計算額を超える部分(深夜割増賃金等)、⑥当該最低賃金において参入しないことを定める賃金(精皆勤務手当、通勤手当、家族手当)が挙げられます(最賃法4条3項、最賃法1条)。
最低賃金の減額が認められる特例もある
最低賃金については、減額特例制度が設けられています。
具体的には、①精神・身体障害により著しく労働能力が低い者、②試用期間中の者、③認定職業訓練のうち厚生労働省令で定める基礎的な技能・知識を習得させるものを受ける者、④軽易な業務に従事する者、断続的労働に従事する者その他厚生労働省令で定める者については、使用者が都道府県労働局長の許可を受けたときは、最低賃金額に労働能力等の事情を考慮して厚生労働省令で定める率を乗じて得た額を減額した額で最低賃金を支払うことができるとされています(最賃法7条、最賃則3条以下)。
減額特例制度を活用できる場合には、最低賃金の支払いは払い過ぎの可能性もあるため注意する必要があります。
最低賃金に違反しないために企業がすべきこと
最低賃金に違反しないために企業がすべきこととしては、最低賃金の対象賃金額が最低賃金額を超えているか確認することに加えて、その前提として最低賃金を支払わなければならない労働者にあたるか、労務を提供しているか確認する必要があります。
労務提供目的で雇用する従業員であれば通常賃金を支払うため問題になりませんが、教育目的のインターン生や休職期間中の復職判断目的・リハビリ目的の出勤については無給としていることも多く、問題となりやすいといえます。
最低賃金に違反していると判断された裁判例
最低賃金に違反しているとして最低賃金相当額の支払いを命じられた裁判例には、NHK(名古屋放送局)事件(名古屋高判平成30年6月26日)があります。
この裁判例では、復職判断の為に行われる試し出勤について無給とされていたとしても、指揮監督下の労働にあたる場合には最低賃金を支払わなけpればならないとの判断がなされています。事件の概要(平29(ネ)346号・平成30年6月26日・名古屋高等裁判所・判決)
被告の従業員であった原告が精神領域に関する疾病による傷病休職の期間満了前にテスト出局(試し出勤)をしましたが、被告は休職事由の解消が確認できないとして原告を解職としました。
これに対して、原告はテスト出局中に労務提供を行ったとして最低賃金を支払うよう求めた事案です。
裁判所の判断
裁判所は以下のように述べたうえで、テスト出局(試し出勤)期間につき最低賃金の支払いを求める原告の請求を認めました。
「本件テスト出局中、控訴人(原告)はその上司であるB部長の指示に従って、(中略)被控訴人(被告)の業務であるニュース制作に関与し、控訴人(原告)が関与したニュースは放映され、その成果を被控訴人(被告)が享受しており、控訴人(原告)が出局していた時間は使用者である被控訴人被告の指揮監督下にあったものとみられるから、この時間は労働基準法11条の規定する労働に従事していたものであり、無給の合意があったとしても最低賃金の適用により、被告は原告に対し、その労働に対し最低賃金額相当の賃金を支払う義務を負うこととなる(労働基準法11条、13条、28条、最低賃金法2条、4条1項、2項)。
ポイント・解説
試し出勤とは、傷病等により休職している従業員の復職の可否を判断するために、復職予定の職場に試験的に出勤させるというものです。
特にうつ病などの精神疾患で長期間休職していた場合には、医師が復職可能と判断しても実際に勤務すると継続的に勤務ができないことも少なくありません。
そのため、復職可能であるかを判断するために試し出勤を取り入れている企業も多く存在します。
この試し出勤は、あくまで復職の可否を判断するためのものであるため無給と定めている会社が多いですが、この裁判例は試し出勤において行う内容によっては会社の指揮監督下で行われた労務の提供として最低賃金を支払わなければならないと判断しています。
試し出勤の他にもインターン生を採用する場合など労務の提供を目的としないため無給で採用することもありますが、実施内容によっては労務の提供として最低賃金の支払義務が生じる場合もあるため注意が必要となります。
最低賃金など賃金に関するご相談は、企業労務に精通した弁護士にお任せ下さい。
以上のように最低賃金も単純なようで注意すべき点が多数存在しており、企業労務に精通した弁護士の判断が求められる場合もあります。
弁護士法人ALGでは数多くの企業の顧問として企業労務の相談を受けており、企業労務に精通した弁護士が多数在籍しております。
最低賃金など賃金でお悩みの際には、我々にお任せください。
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