監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- 労災保険
労働者が業務中や通勤時に生じた怪我や病気等について、会社としてどのような対応が求められるのでしょうか。本記事においては、労働災害が発生した場合の会社の対応についてご説明いたします。
目次
- 1 労働基準法上の災害補償について
- 2 労働災害によって労働者側が被る損害
- 3 労災保険給付の種類と特徴
- 4 労働災害が発生した場合の企業リスク
- 5 賠償請求を受けた場合の使用者側の対応
- 6 労災と損害賠償請求に関する判例
- 7 賠償リスクを回避するためにも労災防止策が必要
- 8 よくある質問
- 8.1 安全配慮義務を違反した場合、会社にはどのような罰則が科せられるのでしょうか?
- 8.2 労災が認定された場合、会社は賠償責任を免れることができますか?
- 8.3 労働災害により従業員に後遺症が残った場合、逸失利益は労災保険から支払われますか?
- 8.4 労災による賠償請求で、過失相殺が認められるのはどのようなケースですか?
- 8.5 会社に過失がない場合でも、労災認定されることはあるのでしょうか?
- 8.6 労災に遭った従業員から、損害以上の賠償額を請求された場合の対処法を教えて下さい。
- 8.7 労災による死亡事故があった場合、会社は罪に問われるのでしょうか?
- 8.8 職場のハラスメントによるうつ病の発症は、労働災害に該当しますか?
- 8.9 派遣労働者が労働災害に遭った場合、派遣先企業が賠償責任を負うのでしょうか?
- 8.10 労災により亡くなった従業員の遺族から葬儀費用を請求されました。会社に支払い義務はあるのでしょうか?
- 8.11 労働災害の損害賠償請求に時効はありますか?
- 8.12 労災による損害賠償請求で、素因減額が認められるケースを教えて下さい。
- 9 労災事案で賠償請求を受けた場合は、労働問題に強い弁護士にご相談ください。
労働基準法上の災害補償について
労働災害(労災)とは?
労働災害(労災)とは、労働者が、業務中や通勤中に業務を原因として怪我、病気、後遺障害、死亡が生じることをいいます。
労働災害によって労働者側が被る損害
労働災害が生じた場合に、労働者には以下のような損害が発生します。
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積極的損害
積極的損害とは、労災が生じたことにより現実に生じた損害を指します。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
・治療関係費(治療費、付添看護費、通院交通費)
・葬儀関係費用
・装具・器具等の購入費
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消極的損害
消極的損害とは、労災がなければ得たであろう利益を指します。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
・休業損害
被災したために働くことができず取得できなかった又は減少した給与・賞与等
・逸失利益
被災しなければ、将来的に得られたはずであった利益
労災保険給付の種類と特徴
労災保険給付の種類と特徴は、主に以下のようなものになります。
- 療養補償給付
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかったときに療養が必要な場合に支給されます。 - 休業補償給付
労働者が療養のために労働することができず、賃金を受けるない時に支給されます。 - 傷害補償年金
労働者が療養開始後1年6か月を経過した日又はその日後に、障害の程度が一定の場合に労働者の請求に基づいて行われる年金制度です。 - 障害補償給付
労働者が治療後に一定の障害が残存しているときに労働者の請求に基づいて支給されるものであり、障害の程度に応じて年金または一時金が支給されます。
労働災害が発生した場合の企業リスク
使用者側の賠償責任と安全配慮義務
労災が発生し、労働者に傷害や死亡という結果は生じた場合において、使用者に安全配慮義務違反や過失等があれば、使用者は、労働者に対して、民事上の賠償請求を受ける可能性があります。なお、「安全配慮義務」とは、労働者の安全に配慮すべき会社の義務のことを指します。
賠償請求を受けた場合の使用者側の対応
使用者側に過失がなければ賠償責任は負わない
労働者が使用者に対して、労災に基づき損害賠償請求がなされた場合であったとしても、労災発生について使用者側に過失がなければ、労働者に対する賠償義務を負うことはありません。このように、労災の発生と使用者の賠償責任が直結するものではなく、労災事故が発生したからといって、必ずしも使用者の損害賠償責任を肯定するものではないことは理解しておきましょう。
労働者側にも過失があれば過失相殺が可能
労災の発生に関し、逆に労働者側に過失があれば、使用者側としては、労働者側の過失を主張し、過失相殺を主張することが可能です。裁判所としても、損害の発生・拡大に寄与したと考えられる被害者(労働者)の不注意ないし落ち度があれば、これを斟酌すべきものと判断しています。
労災と損害賠償請求に関する判例
事件の概要
水道管敷設工事(以下、「本件工事」といいます。)現場において、孫請業者の従業員(原告)が、掘削作業中にショベルローダーの一部が腰部に当たり、ピット内に転落して腰部挫傷の傷害を負いました。そのため、被災者である孫請業者の作業員は、元請業者および下請業者に対し、安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求を行いました。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所は、元請業者は、下請業者が本件工事を孫請業者に再下請も出すことを容認し、本件事故現場に現場事務所を設け、現場代理人として、従業員を派遣し、各種の用具、資材を搬入し、被災した労働者を直接、間接に指揮監督していた。下請業者も従業員を派遣し、被災した労働者を直接、間接に指揮監督していたものといえる。元請業者・下請業者と孫請業者の従業員(原告)との関係を前提にすると、元請業者・下請業者は、本件事故発生の際の圧入ピット建設作業に関し、原告の生命、健康を保護すべき安全配慮義務を信義則上負っていたと認められると判断しました(札幌地裁昭和59年2月28日判決)。
ポイントと解説
使用者は、労働者に対して、雇用契約の付随義務として安全配慮義務を負うという考え方は確立したものといえます。本件の裁判例においては、直接の雇用関係にはない元請業者や下請業者が、孫請業者の労働者に対して安全配慮義務を負うかどうかが争点となりました。
裁判所は、上述したように、直接の雇用関係がなくとも、元請業者・下請業者の従業員が、孫請業者の従業員を直接、間接に指揮監督していた場合には、安全配慮義務を負うと判断しました。この裁判例に照らせば、雇用契約の締結といった形式的な雇用関係がなくとも、現場において、元請業者・下請業者が実質的に孫請業者の労働者を指揮監督している場合には、安全配慮義務を負うことを理解しておく必要があります。
賠償リスクを回避するためにも労災防止策が必要
労災が発生した場合において、会社に安全配慮義務違反がある場合には、労働者に対する賠償リスクがあります。その賠償リスクを回避するためには、会社として、労災ができる限り発生しない職場環境を心がけること、労働者に対する安全配慮義務に配慮するといった労災防止策を講じる必要があります。
よくある質問
安全配慮義務を違反した場合、会社にはどのような罰則が科せられるのでしょうか?
会社が安全配慮義務に違反した場合には、被災労働者又はその遺族に対する損害賠償責任を負います。また、労働安全衛生法上、安全配慮義務違反がある場合には、行政上の指導にとどまらず、刑事上の責任を負う場合があり、懲役刑で最も重いものとしては、懲役7年以下、罰金刑では300万円以下等の罰則規定が定められています。
その他にも、刑法上の業務上過失致死傷罪(刑法211条)が適用されることもあります。
労災が認定された場合、会社は賠償責任を免れることができますか?
労災が認定されたとしても、会社に過失がない場合には、責任を免れる可能性があります。
労働災害により従業員に後遺症が残った場合、逸失利益は労災保険から支払われますか?
労災保険から障害補償給付として被災した労働者に障害の程度に応じて年金または一時金が支給されます。もっとも、労災保険で賄えない部分については、会社に請求される可能性があります。
労災による賠償請求で、過失相殺が認められるのはどのようなケースですか?
裁判所としても、損害の発生・拡大に寄与したと考えられる被害者(労働者)の不注意ないし落ち度があれば、これを斟酌すべきものと判断しており、労災の発生に際し、被災労働者に不注意や落ち度がある場合には、過失相殺が認められる可能性があります。
会社に過失がない場合でも、労災認定されることはあるのでしょうか?
労災保険は、労働基準監督署の判断によって認定がなされるため、会社に過失がない場合でも労災認定がなされます。
労災に遭った従業員から、損害以上の賠償額を請求された場合の対処法を教えて下さい。
まず、労災の発生に際して、会社側に過失があるかどうかを確認する必要があります。上述したように、会社側に過失がない場合には、会社に損害賠償義務は生じないため、過失がないことについて、主張立証を行う必要があります。
仮に、会社側の過失が認められる場合には、従業員側に過失がないのか、従業員からの請求内容を吟味し、損害の減額を行っています。
労災による死亡事故があった場合、会社は罪に問われるのでしょうか?
労災の発生に、会社に過失があった場合には、労働安全衛生法違反や、刑法上の業務上過失致死罪に該当する可能性があります。
職場のハラスメントによるうつ病の発症は、労働災害に該当しますか?
該当する可能性があります。
職場において、パワハラやセクハラといったハラスメントが継続的にあり、その後うつ病等の精神疾患を発症したときは、精神疾患の既往歴など、被災労働者に業務外で精神疾患を発症させるような事情がない限り、労災が認定されます。
派遣労働者が労働災害に遭った場合、派遣先企業が賠償責任を負うのでしょうか?
派遣先企業において、派遣労働者を指揮監督する立場にある場合において、労災が発生した場合、雇用主である派遣元企業だけはなく、派遣先企業も派遣労働者に対する安全配慮義務を負います。そして、派遣先企業に安全配慮義務違反がある場合には、賠償責任を負う可能性があります。
労災により亡くなった従業員の遺族から葬儀費用を請求されました。会社に支払い義務はあるのでしょうか?
上述したように、会社が労災により死亡した被災労働者に対して、賠償義務を負う場合には、会社に過失がある場合に限られます。会社に過失が認められた場合には、会社は、被災労働者又はその遺族に対して、死亡と相当因果関係にある損害を賠償する必要があります。そして、労災保険給付の中には葬儀に関する給付あり、会社として、遺族に対しこの給付分について差し引いた金額の支払義務が生じる場合があります。
労働災害の損害賠償請求に時効はありますか?
被災労働者が会社に対して、損害賠償請求を行う場合の法的な構成としては、①安全配慮義務違反による損害賠償請求、不法行為(使用者責任)による損害賠償請求の2パターンが考えられます。それぞれ法的構成の期間制限としては、①安全配慮義務による損害賠償請求としては、被災労働者が権利を行使できることを知った時から5年又は権利を行使できるときから20年であり、②不法行為による損害賠償請求としては、被災労働者が損害と加害者を知った時から5年、又は不法行為が発生してから20年 なお、労災保険の申請自体に時効期限があります。労災保険の給付内容ごとに時効期限が異なるので注意が必要です。
労災による損害賠償請求で、素因減額が認められるケースを教えて下さい。
素因とは、被災労働者がもともと持っていた既往症などの身体・体質の特殊性のことを言います。そして、「素因」が有することで損害額を拡大させたといえる場合に、損害賠償金を一定割合減額することを「素因減額」と言います。このような身体的・体質的素因による素因減額が認められるためには、会社側において、以下の4点を証明する必要があります。
- 被害者の身体的・体質的素因が単なる身体的特徴にとどまらず、「疾患」に該当するものであること。
- 労働災害とその疾患がともに原因となって、損害が発生したこと。
- その疾患による損害賠償金の減額をしなければ、公平に反すると言えること。
- 減額の率を決定するための考慮要素(疾患の種類・態様・程度、労働災害の態様・程度および傷害の部位・態様・程度と後遺障害との均衡)
労災事案で賠償請求を受けた場合は、労働問題に強い弁護士にご相談ください。
本記事でご説明したように、労災が発生したとしても、会社に過失がない場合には、会社は賠償義務を負うことはありません。他方で、会社の過失の有無の主張立証、労災防止策をどのように進めていくは、非常に難しい問題です。そして、労災防止策を怠ってしまうと、被災労働者から会社に対し、損害賠償請求がなされるだけではなく刑事上の責任を負うリスクもあります。
このように労災事案は、専門的かつ複雑な対応が必要となるため、労災事案でお困りの際には、当事務所にご相談ください。
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保有資格弁護士(大阪弁護士会所属・登録番号:40084)
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企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
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