監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- 残業代
目次
- 1 在籍中の社員から残業代を請求された場合の対処法
- 2 未払い残業代についての団体交渉
- 3 在籍中に残業代を請求されることのデメリット
- 4 タイムカード等の提出を要求されたときの対応
- 5 在籍中の社員に対する不利益取り扱いの禁止
- 6 在籍中の残業代請求を予防するためには
- 7 在籍したまま残業代を請求された判例
- 8 よくある質問
- 8.1 未払い残業代について団体交渉を申し入れられましたが、団体交渉ではなく在職者と直接話し合うことは認められますか?
- 8.2 団体交渉申入書に残業代の請求額が記載されていない場合、団体交渉を拒否することは可能ですか?
- 8.3 在職者から団体交渉を申し入れられた場合、就業時間中に開催しなければならないのでしょうか?
- 8.4 未払い残業代を請求したことを理由に、配置転換させることは不利益取り扱いにあたりますか?
- 8.5 労働組合から、未払い残業代を計算するために就業規則の提出を求められました。会社は応じなければなりませんか?
- 8.6 算出した未払い残業代の金額が、組合側と会社側で異なる場合はどうしたらいいですか?
- 8.7 残業代を請求する社員のタイムカードを改ざんするとどうなりますか?
- 8.8 昇給させることを条件に、未払い残業代の請求を撤回してもらうことは可能でしょうか?
- 8.9 残業代を請求してきた社員に対し、過去のミスや事故を理由に損害賠償請求することは可能ですか?
- 8.10 未払い残業代を請求した社員に対し、降格処分を下すことは違法ですか?
- 9 在籍中の従業員から残業代を請求されたら、労務問題に強い弁護士にご相談下さい。
在籍中の社員から残業代を請求された場合の対処法
会社は、従業員に残業が生じた場合、従業員に残業代を支払う必要があります(労働基準法37条1項)。
会社としては、従業員の労働時間を適切に管理し、労働時間に応じた賃金を支払い、残業が生じた場合には、割増賃金の支払義務が生じます。
そのため、在職中の従業員であっても、会社が適切な労働時間の管理ができておらず、労働時間に応じた賃金を支払っていない場合には、未払の残業代が請求される可能性があります。
このような場合、会社としては、まず従業員からの未払残業代請求に根拠があるのかどうか、従業員の主張を吟味し、対応していく必要があります。
従業員側も残業代の計算が誤っている可能性もある以上、会社としては、まず従業員の請求内容を確認していくことが求められます。
未払い残業代についての団体交渉
従業員が会社に対して、未払残業代を求める手段としては、労働組合を通じて(労働組合に加入した上で)、会社に団体交渉を申し入れ、団体交渉の中で未払残業代が請求される場合があります。
会社は、労働組合からの団体交渉に誠実に交渉する義務があるため、労働組合からの団体交渉の申し入れを拒否することはできず、団体交渉に応じる必要があります。
もっとも、会社が負う誠実交渉義務とは、労働組合からの要求事項(請求事項)に応じることまでを求められるわけではなく、あくまでも団体交渉に応じるものにとどまります。
もっとも、労働組合が会社に団体交渉を申し入れる以上、会社としても労働組合側の未払残業代の主張に根拠がない場合には、根拠を示して反論する必要があり、そのためにも事前の準備が必要となります。
在籍中に残業代を請求されることのデメリット
在職中に残業代の請求がなされた場合には、以下のようなデメリットがあります。
社員側は証拠の保全がしやすくなる
従業員が在籍している場合には、従業員は会社に出社しているため、会社の労働時間に関する証拠(タイムカード、パソコンへのアクセスに関する記録、出勤簿、勤怠管理表等)を容易に入手することができ、証拠の保全が可能となります。
他の社員についても残業代を支払う必要が出てくる
従業員が在籍しており、業務を続けていた場合、同じような立場の従業員に声をかけることや情報を共有することも容易となります。
そのため、従業員の一人が残業代の支払いを求めた場合には、他の従業員からも同様の請求がなされる可能性があります。
タイムカード等の提出を要求されたときの対応
従業員からタイムカード等の労働時間に関する客観的な資料の開示を求められた場合には、会社としてすべてに応じる必要があるでしょうか。
この点については、法律上、会社側に労働時間に関する資料を開示すべきとする規定はありません。
ただし、会社側が従業員の求めに応じず、タイムカード等の開示を拒否した場合には、違法行為となることや裁判や労働審判において、裁判官に不利な心証を抱き、従業員側の主張する労働時間を認定する可能性もあります。
そのため、会社としては、従業員側の主張を踏まえて、できる範囲で客観的な資料を開示するといった誠実な対応が求められます。
在籍中の社員に対する不利益取り扱いの禁止
会社として、未払請残業代が請求された場合には、当該従業員の主張を吟味し、当該従業員の労働時間を再計算するといった労力を要します。
そのため、会社としては、未払残業代を請求した従業員に対して、懲戒、減給、降格といった処分を行いたいと思うかもしれません。
しかしながら、会社がこのように従業員に対する不利益な処分を行った場合には、従業員は、不利益な処分も争う可能性があり、紛争が激化し、長期化する可能性もあります。
ゆえに、未払残業代を請求したことを理由に不利益な処分をすることがないように注意すべきです。
在籍中の残業代請求を予防するためには
上述したように、在職中に従業員から未払残業代が請求された場合には、会社として、未払残業代への対応等に追われるだけはなく、他の従業員への波及等、会社に生じるデメリットは極めて大きいものです。
会社としては、従業員からの未払残業代の請求を防止するためにも、日ごろから各従業員の労働時間を適切に管理していくことが求められます。
そして、労働時間を管理した結果、従業員に残業が発生した場合にも、適切な残業代を支払っていくことが必要となります。
会社が適切に労働時間を管理し、従業員に残業代を支払っていた場合には、仮に相手方からの未払残業代の請求があったとしても、毅然と対応することが可能となります。
在籍したまま残業代を請求された判例
事件の概要
居宅介護サービス事業を営む被告に勤めていた看護師(以下「原告」といいます。)が、被告に対し、緊急対応業務のための待機時間も、労働基準法上の「労働時間」に含まれるとして、時間外、休日及び深夜の割増賃金の支払いを求めた事案です。
原告の主張に対し、被告としては、原告の実際の緊急看護対応業務は、緊急看護対応業務のための待機時間中、労働からの解放が高度に保障されており、被告の指揮命令下に置かれていたものとは評価できないから、待機時間は労働時間に該当しないと反論しました。
裁判所の判断
緊急看護対応業務のための待機とは、緊急看護対応業務が必要となる場合に備えて、従業員が被告からの指示に基づき、シフトに応じて緊急時呼出用の携帯電話機を常時携帯している状況をいうことを示した上で、原告の緊急看護対応業務の内容を踏まえると、原告は、呼び出しの電話があれば直ちに駆けつけることができる場所にいることを余儀なくされていたと言える。
原告の実際の対応頻度についても、緊急看護対応業務は電話所持8回につき1回程度なものの、緊急対応業務に従事する従業員は、呼出しの電話を受ければ、実際に緊急出動に至らなくても、相当の対応を要する頻度は、上記よりも高かった百乃と推認されると判断しました。
そして、裁判所は、原告が本件緊急対応業務に実際に対応した時間だけでなく、待機時間についても労働基準法上の労働時間に該当するものであると判断しました。
ポイント・解説
労働基準法32条の「労働時間」に該当するか否かは、労働者が会社の指揮監督下に置かれていると言えるかどうかという観点から客観的に判断されます。
本件において、裁判所は、待機時間についても、呼出しがあれば、すぐに駆け付ける場所にいることが余儀なくされており、緊急看護対応業務に従事する必要があったことが考慮され、待機時間についても労働基準法上の労働時間に該当するものであると判断しています。
そのため、従業員の労働時間を管理する上で、従業員が実際に労務に従事しておらず、待機している時間も労働時間に含まれる可能性があり、会社として、労働時間の管理にあたって、待機時間の扱いにも気を配る必要があります。
よくある質問
未払い残業代について団体交渉を申し入れられましたが、団体交渉ではなく在職者と直接話し合うことは認められますか?
団体交渉は、会社と労働組合が行う手続であり、事前に労働組合から会社に対して、要求事項(団体交渉事項)の申し入れがなされます。
そして、会社としては、労働組合からの団体交渉の申し入れに誠実に対応することが求められますので、在職者と直接話し合うのではなく、団体交渉の中で協議すべきです。
団体交渉申入書に残業代の請求額が記載されていない場合、団体交渉を拒否することは可能ですか?
団体交渉において、従業員の処遇に関する事項は、義務的団交事項(団体交渉の中で会社が正当な理由なく拒否できず、協議しなければならない事項)に該当しますので、団体交渉申入書に具体的な請求の記載がなくとも、団体交渉を拒否することはできません。
在職者から団体交渉を申し入れられた場合、就業時間中に開催しなければならないのでしょうか?
団体交渉の開催時刻については、法律上明確に規定されているわけではなく、必ずしも就業時間中に開催する必要はありません。
仮に、就業時間中に開催することになり、在職者が当該団体交渉に出席する場合には、在職者を欠勤扱いとすることや在職者が有給休暇を取得することによって対応することもできます。
未払い残業代を請求したことを理由に、配置転換させることは不利益取り扱いにあたりますか?
未払残業代を請求したことを理由として、配置転換をすることは、当該従業員を不利益に取り扱ったと判断される可能性が高いです。
労働組合から、未払い残業代を計算するために就業規則の提出を求められました。会社は応じなければなりませんか?
就業規則の中には、労働者の賃金に関する規程が含まれており、未払残業代を計算するために必要となる資料と考えられます。
そのため、会社としては、団体交渉の中で、労働組合から就業規則の提出が求められた場合には、就業規則の提示に応じる必要があると考えられます。
算出した未払い残業代の金額が、組合側と会社側で異なる場合はどうしたらいいですか?
残業代の計算にあたっては、まずは、労働時間を適切に認定する必要があり、組合側が考える労働時間と会社側が考える労働時間に齟齬がないかを確認する必要があります。
会社としては、労働時間に関する考えを説明し、未払残業代の金額を説明する必要があります。
また、団体交渉においては、会社として組合の主張に応じることまでは求められておらず、丁寧な説明を尽くすことで誠実に交渉する義務を果たしていることになります。
残業代を請求する社員のタイムカードを改ざんするとどうなりますか?
会社には、従業員の労働時間を適切に管理する義務があります。
会社に上記義務がある中で、タイムカードを改ざんするといった従業員の労働時間の把握に反する行為を行うことは違法行為となり、労基署等の指導の対象となります。
それだけはなく、虚偽記載罪(労働基準法120条4項)に該当し、罰金が科される可能性があります。
昇給させることを条件に、未払い残業代の請求を撤回してもらうことは可能でしょうか?
残業代の支払いは、労働基準法上、会社に義務付けられています(労働基準法37条1項)。
そのため、従業員に対して昇給させることを条件としても未払残業代の請求を撤回することはできません。
残業代を請求してきた社員に対し、過去のミスや事故を理由に損害賠償請求することは可能ですか?
従業員に対する損害賠償請求は、一定の要件を満たすことによって請求することは可能です。
ただし、過去の裁判例において、会社は、従業員を雇用し、利益を上げていることから、従業員のミスや事故を理由に損害賠償請求ができる範囲にも制限している事例もあります。
そのため、損害賠償請求をすることはできる考えますが、請求が認められるかどうかは事案の内容を検討する必要があります。
また、従業員が未払残業代の請求を契機として、会社が従業員に損害賠償請求をする際には、嫌がらせ目的と判断される可能性があります。
未払い残業代を請求した社員に対し、降格処分を下すことは違法ですか?
未払残業代を請求した従業員に対し、人事権行使としての降格処分を下すことは、人事権の濫用として無効となる可能性があります。
また、懲戒処分としての降格処分を行うことも無効となる可能性があります。
在籍中の従業員から残業代を請求されたら、労務問題に強い弁護士にご相談下さい。
上述したように、在籍中の従業員から残業代の請求がなされた場合には、会社側としては、従業員への対応に追われ、従業員の反論を準備することが必要となります。
それだけではなく、従業員に対する対応を誤れば、他の従業員にも影響が波及する可能性があります。
会社として、在職者の従業員からの残業代の請求を受けた場合に適切な対応を行うためには、専門的な知見と経験を有する弁護士が不可欠です。
当事務所には、労務事件に精通する弁護士が数多く在籍しておりますので、お困りの際には、いつでもご相談ください。
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