監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- メンタルヘルス
ストレスを多く抱えやすい現代社会においては、メンタルヘルスの不調を抱える人間も多くなっています。そこで、メンタルヘルスの不調を抱える社員に対し、使用者である企業側はどのような対応を取ればよいかについて解説していきたいと思います。
目次
労働安全衛生法改正によるメンタルヘルス対策の強化
近年の、職場でのメンタルヘルスに対する関心が高まっていることを受け、平成26年6月25日に労働安全衛生法が改正されました。その内容は、労働者の心理的な負担の程度を把握するため、医師、保健師等による検査(以下、「ストレスチェック」といいます。)の実施を事業者に義務付けるというものです。 ストレスチェックを実施した場合には、事業者は、検査結果を通知された労働者の希望に応じて医師による面接指導を実施し、その結果、医師の意見を聴いた上で、必要な場合には、作業の転換、労働時間の短縮その他の適切な就業上の措置を講じなければならないとされています。
メンタルヘルス不調社員への配慮は会社の義務
使用者は労働者に対し、労働者が安心して生命や身体の安全が確保された中で働けるように使用者が配慮する義務、いわゆる安全配慮義務を負っています(労働契約法第5条)。 この安全配慮義務には、危険作業や有害物質への対策はもちろんですが、メンタルヘルス対策も使用者の安全配慮義務に当然含まれると解釈されており、メンタルヘルス不調社員への配慮は会社の義務となっています。
安全配慮義務違反に対する損害賠償責任
労働契約法には罰則がありませんが、使用者が、労働者に対する安全配慮義務を怠った場合、民法第709条(不法行為責任)、民法第715条(使用者責任)及び民法第415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例が多数存在します。
メンタルヘルス不調を早期発見する重要性
メンタルヘルス不調は、身体の不調と同様に症状の軽いうちにケアすることが非常に重要です。症状が悪化すると長期の休職につながることが多く、本人にも企業にも大きな影響を与えてしまいます。そのため、早期発見、早期対応を心がけることが大切です。
職場におけるメンタルヘルス不調の兆候とは
一般にメンタルヘルス不調の最初のサインとして兆候が表れやすいのは“勤怠の乱れ”です。遅刻が増えたり、突然有給休暇を取ることが増えたりする場合は要注意です。 その他にも、ミスが多くなる、何にも興味を示さなくなってきた、同じ洋服を着続ける、髪を洗っていない、無口になった、怒りっぽくなった等も兆候として考えられます。
メンタルヘルス不調と休職時の対応
社員のメンタルヘルス不調に気づくためは、使用者である企業側は日ごろの変化に敏感でなくていけません。そのためには、企業の中で、恒常的に上司と部下がコミュニケーションを取ることが大切です。 毎日の挨拶や声掛けで、平常時の顔色や表情、身体の姿勢、服装、声の調子などを把握していると、不調に陥ったときの変化に気づきやすくなります。部下にとっても、毎日声を掛けてもらえることで、何かあったときに相談しやすくなります。 社員からメンタルヘルスが不調であることを申告されたら、企業側は早期に発見できてよかったと認識することが大切です。そして、社員の話を十分聞くことが基本になります。 メンタルヘルスが不調になった社員に対しては、相手を否定しないで傾聴の姿勢で接し、十分に気持ちを理解したうえで、解決方法を一緒に探していくというスタンスを見せる必要があります。
休職中の社員への対応
① 休職のルール
まず休職開始時や休職前に、会社は本人へ就業規則や社内の休復職規程に基づき、休職のルールを伝えます。その際、個別の就業期間により定められている「休職可能期間」があることを説明しましょう。休職期間が満了する時点で治っておらず、復職して就業するのが困難であると認めた場合は退職とするのが一般的です。
② 休職中の連絡方法と手続き・手当金関係
休職して間もない頃は療養することが最も重要ですので、できるだけメールや書面での連絡としましょう。また休職中の窓口は一本化し、担当者をごくわずかの人数に絞ることが望ましいです。理由は、対応する人によって本人へ伝える内容が異なるなど、トラブルになり得るリスクもあるためです。また、企業側から頻繁に連絡することも控え、月に一回程度にとどめましょう。
その他、休職中の経済保障として、「休職中の給与・健康保険の傷病手当金」があり、一定の給付があることで安心して療養できる環境がある旨を伝えましょう。また、休職時・復職時の手続きにおいて必要な書類を会社に提出してもらう旨もしっかりと伝えましょう。
③ 休職中の過ごし方について あくまで休職の目的は「職場復帰のための療養」であることを伝えましょう。本人にも、症状の回復に合わせて、ゆっくりと復職に向けてトレーニングすればよい旨を伝え、まずは「会社のことは忘れて療養に専念を」という認識を持ってもらいましょう。
復職可否の判断について
復職は休職の判断と同様に、産業医・主治医の判断のもと、使用者である企業側が決定します。参考資料としては、①主治医の社員が復職可能であることが記載された診断書②就業を前提として、社員が安定した生活を送れていることが記録された生活記録表③体調悪化を予防する具体策・体調が悪化した際の対応策が記載されたメモ等が考えられます。
主治医の診断書による判断
復職判断に必要な事項は、「いつから(具体的日付でなく目安で可)・通常勤務が可能か・仕事内容はどのようなものが適当か・外したほうがいい仕事内容・通院の頻度」が記載されていると、より復職判断が適切にでき、有益なものとなります。
職場復帰を支援する「リハビリ出勤制度」とは
職場復帰のステップとして「リハビリ出勤制度」が挙げられます。「リハビリ出勤制度」とは、休職していた社員が職場復帰に向けて、軽減した業務内容を一定期間行うこと等を言います。 実際に、企業側で「リハビリ出勤制度」を運用する際には①職場復帰前の休職中の措置として実施及び ②職場復帰を認めた後の元の業務に復帰するまでの業務軽減措置として実施の二つの方法が考えられます。 ①の場合は、あくまで休職期間中の「リハビリ」としての出勤なので、使用者の指揮命令下で働かせるわけではなく、その間は雇用関係ではなく賃金も支払われません(その代わり、医師が認めれば傷病手当金支給は継続される可能性があります)。また、リハビリ中に病気が悪化等しても、使用者は責任を負わず、労災も適用されない(原則)ことになります。 ②の形態の場合には勤務(労働)となり、労働法が適用されて賃金が支払われ、労災も適用されることになります。この形態のリハビリ勤務の場合、勤務の軽減に相応して賃金が減額され、仮にリハビリ勤務の日に支払われる賃金が傷病手当金より少額であったとしても、健康保険から差額の支給は行われません。 このように、リハビリ出勤では運用形態によって賃金支払いの有無、労災適用の有無などが変わってくるので、労使トラブルが発生しないように、予めきちんと実施方法を決めてスタートする必要があります。
メンタルヘルス不調を理由とした解雇は認められるか?
メンタルヘルスが不調となった社員が、長期間無断欠勤するなど懲戒解雇事由に該当する場合には、懲戒解雇できる余地もあります。しかし、懲戒解雇をするためには、社員に「責任能力」があることが必要です。責任能力とは、「自分が何をやっているのか、本人が理解していて、自分がやったことに対する報いとしての懲戒処分を受ける能力があること」を意味します。メンタルヘルスが不調となっている場合、社員に責任能力がないか、または通常よりも責任能力が減退していて、後から懲戒解雇が無効となる可能性もあります。 そのため、一般的に普通解雇によることを検討するほうがよいでしょう。 一般的に、就業規則には解雇事由として「心身の故障のため業務に堪えないとき」という定めがあります。 精神障害により労働意欲がなくなったり、異常な言動によって職場秩序を乱したり、取引先に迷惑をかけたりするような場合には、この解雇事由に該当すると考えられ、普通解雇することも考えられます。精神障害を含めて、メンタルヘルス不調の症状が重い場合には、いったん休職扱いとして様子を見て、休職期間満了時に復職不可能であればそのまま解雇するのが通常です。
メンタルヘルスによる解雇の妥当性が問われた判例
メンタルヘルスによる解雇の妥当性が問われた判例としては、東芝事件(最判平成26年3月24日判決)が挙げられます。
事件の概要
うつ病のために3年間私傷病休職し、休職満了により解雇となった社員が、仕事が起因でうつ病を発症した(業務起因)のであるから、解雇は無効であるとして会社を訴えた事案です。 平成23年2月に出された高裁判決では、うつ病発症は業務起因性と認められ、労働基準法19条の解雇制限により、解雇無効と判断されました。 そして、平成26年3月24日の最高裁判決では、安全配慮義務違反などによる休業損害や慰謝料等の損害賠償額の認定において過失相殺の可否が争われた結果、会社側の安全配慮義務違反と判断され、過失相殺および素因減額は否定されました。
裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)
東芝事件(平成23年(受)第1259号 解雇無効確認等請求事件 平成26年3月24日 第二小法廷判決) ①業務起因性(仕事が原因でうつ病を発症したのか) メンタルヘルスの不調の症状が出現した頃のその社員の時間外労働時間数は、月平均約70時間であったこと、さらに、業務内容はこれまでに経験のないものであったこと、トラブルが多発したことなどによりその社員にはかなりの負荷がかかっていたことが、うつ病を引き起こす要因になりうると認定されました。一方、業務以外に不調に陥る要因は認められないとして、「業務起因性」が認められ、業務上疾病の療養中の解雇は無効とされました。 ② 過失相殺(うつ病の発症には社員側の過失が存在したのか) その社員は精神科に通院していたことを上司や産業医に話していませんでした。そのことが、会社側が、うつ病発症を回避したり、増悪を防止する機会を失わせる一因になったのではないかという争点に関しても、「メンタルヘルスに関する情報はプライバシーに関するものですから、職場では知られたくない情報」と認められました。 したがって、「メンタルヘルス不調者が自ら申告しなくとも、過重労働などのストレス状況下で心身の状態の悪化が看取されるときは、必要に応じて業務の軽減などの配慮をする必要がある。この安全配慮義務を会社側は怠ったのであり、その社員の業務負担は相当過重であったと認められる」ことなどから、損害賠償の認定において過失相殺は否定されました。 ③ 素因減額(うつ病の発症や経過が長期化している原因に社員の素質が含まれるのか) 裁判所は、「その社員のうつ病発症や経過が長期化している状態に関して、当人が特別な弱さ(脆弱性)を有していたとは思われない」として、素因減額も否定しました。
メンタルヘルスケアで会社に求められる対応
会社としては、社員の申告がなくても、メンタルヘルス不調者をキャッチし、適切かつ迅速な対応を図らなければならないということが求められると考えられます。
厚生労働省が提唱する4つのケア
厚生労働省は、①セルフケア: 労働者自身による取組み、②ラインによるケア: 管理監督者による取組み、③事業場内産業保健スタッフ等によるケア: 産業医や衛生管理者、保健師等による取組み、④事業場外資源によるケア: 事業場外の機関・専門家による取組みの4つのケア提唱しています。
産業医との連携による適切な対応
社員のメンタルヘルス不調に気付くには、企業側の人間である管理職や人事担当者等が社員のささいな「変化」に気付くことが重要です。しかし、管理職や人事担当者等が社員の一人ひとりを注意深く観察することは困難です。そのため、社員のメンタルヘルスの不調を見逃さない体制づくりのためには社員の健康をチェックする産業医との協力体制が必要不可欠です。ストレスを多く抱えている社員に対する面談はどのような内容にするべきかなど、企業の健康に関わる議題について産業医と事前に相談・計画するなど適切な対応を取ることが必要です。
メンタルヘルス不調社員への対応でお悩みなら、労働問題を専門とする弁護士にご相談下さい。
メンタルヘルス不調社員への対応は、労働基準法や労働安全衛生法等様々な法律が関係しており、複雑な問題も多くあります。また、メンタルヘルスの不調を訴える社員から訴訟を提起された場合等には、企業側が損害賠償責任を負うだけでなく、企業側の社会的な信用失墜により、企業活動の継続にもかなりのダメージを与えることがあります。そのため、メンタルヘルス不調社員への対応は早急に進めることをおすすめします。メンタルヘルス不調社員への対応でお悩みの際には、労働問題に専門的な知識を有した弊所弁護士までご相談ください。
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