監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- パワハラ
使用者は、労働者からパワハラ被害の相談を受けたり、対処を求められたりすることがあります。
これは、通常在職中の労働者に対して対応することが多いですが、被害を受けたとする労働者が退職してから会社を訴えるということはあるのでしょうか。また、退職した元従業員から、パワハラ被害について訴えられたとき、会社はどのように対応すればよいのでしょうか。
以下で詳しく解説します。
目次
従業員の退職後にパワハラで訴えられることはある?
パワハラ被害は、法的には、不法行為責任又は債務不履行責任として扱われ、労働者の在職・退職にかかわらず、請求することができます(ただし、時効はあります。)。
したがって、従業員が退職してから、会社に対し、パワハラ被害を訴えることはありえます。
なぜ退職後に訴えるのか?
在職期間中に就業環境の改善を求めてパワハラ被害を申告することが一般的ですが、一方で、在職期間中には、社内の人間関係や会社に気を使うなどして、パワハラを申告できないことが考えられます。
退職した元従業員には、もはやそのような気を使う必要はありません。
むしろ、退職したほうが、パワハラについて訴えやすいといったケースが考えられます。
パワハラの損害賠償請求には消滅時効がある
パワハラの損害賠償請求には消滅時効があります。
時効期間は、請求の法的構成によって以下のとおり異なります。
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会社の使用者責任
時効:⑴被害者が損害及び加害者を知った時から3年(民法724条)
※生命・身体を害する場合は5年(民法724条の2)
⑵不法行為の時から20年(民法724条)
上記⑴⑵のいずれか早い方が時効となります。 -
会社の安全配慮義務違反
時効:⑴権利を行使できることを知った時から5年(民法166条)
⑵権利を行使できる時から10年(民法166条)
上記⑴⑵のいずれか早い方が時効となります。
例えば、パワハラにより、従業員がけがをしたり精神疾患を発症したりした場合、生命・身体の侵害となりますので、上記①②のいずれの構成によっても、時効は基本的には5年となります。
退職後にパワハラで訴えられたときの会社側の対応
もし、元従業員から、パワハラ被害を訴えられた場合、会社はどのように対応すればよいのでしょうか。
早い段階で弁護士に相談する
パワハラ被害を訴えられた場合、速やかに弁護士に相談することが重要です。
自社で行った対応が、法的には望ましくない場合があります。会社を不利にする証拠を、労働者に与えてしまう可能性もあります。損害額やそれに対応する訴訟費用等が大きくなりうるため、対応は弁護士に相談のうえ、慎重を期すべきです。
事実関係を確認する
次に、パワハラに関する事実を調査します。
訴えのあったパワハラについて、当事者の事情聴取や、必要に応じて第三者の事情聴取等も行うことになります。
調査の結果、パワハラに当たりうる行為があるかどうか、そのような行為が法的にパワハラと評価されるのか等の検討を行い、会社として判断しておきます。
被害者と示談交渉を行う
事実関係の調査に基づいて、会社が判断した結果を踏まえ、被害者と交渉を行います。
パワハラの事実が認められた場合は、会社は、被害者に対して、誠実に対応しなければなりません。損害の範囲やその額等を含め、協議によってお互いの折り合えるところを探ることになります。
加害者への懲戒処分を検討する
パワハラの事実が認められた場合、加害者である従業員に対し、懲戒処分を行うかどうかの検討が必要となります。
懲戒処分については、不当な内容だとして、今度は加害者から訴えられる可能性もあります。処分の必要性や処分内容の適当性は慎重に判断しましょう。
再発防止策を検討・強化する
使用者には、パワハラ防止措置を講じることが義務付けられています。
現にパワハラが発生していると認められた場合は、再発防止策を検討する必要があります。
相談窓口の設置や従業員への周知、パワハラ研修等により労働者を啓発、就業規則等にパワハラに対して厳正に対処する旨の方針等を明示する等、今後に向けて、パワハラ防止対策を強化しましょう。
パワハラ問題で会社が問われる法的責任とは?
使用者責任
会社は、労働者が業務執行に関連して行った不法行為について、使用者責任を負う可能性があります。
すなわち、従業員が、業務執行に際して、第三者に対し、権利侵害をした場合、第三者が被った損害について、行為者である従業員と会社とが連帯して損害を賠償する責任を負うということです。
例えば、労働者が職場でパワハラというべき暴言や叱責を日常的に受けており、これによって精神疾患を発症したといった場合、会社は使用者責任を負い、損害賠償義務を負うことになります。
債務不履行責任
会社は、労働者に対し、安全配慮義務を負っています。
そのため、会社は、パワハラ防止措置をとらなかったり、パワハラの事実を認識したにもかかわらず何らの対応もしなかったりしたことで、パワハラが生じる・助長するといった状況になれば、安全配慮義務違反による損害賠償義務を負うことになります。
従業員の退職後にパワハラで訴訟を起こされた事例
事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
倉敷紡績事件(大阪地判令和5年12月22日(令4(ワ)754号))
この事案は、会社の労働者Aが、上司である会社役員Bから罵声を浴びせられるなどのパワーハラスメントを受けたことにより被告会社を退職せざるを得なくなり、精神的苦痛を受けたなどとして、会社とBに対し、不法行為に基づく損害倍書として、660万円の支払い等を求めた事件です。
裁判所の判断
裁判所は、BのAに対する言動のうち、①「アホ」「ボケ」「辞めさせたるぞ」「今期赤字ならどうなるかわかっているやろな」といった言動を日常的に繰り返し行っていたこと、②Aの座っていた椅子の脚を蹴ったこと、③Aが新入社員を指導していた際に、新入社員の前で「こいつは無能な管理職だ」等と発言した事、④会社において利用が認められているフレックスタイム制度や在宅勤務の抑制を示唆する言動をしたこと等をパワハラと認定しました。そして、①~④の言動が会社の事業執行に関連してされたものであるとして、使用者責任を認め、慰謝料及び弁護士費用の合計55万円を限度にAの主張を認めました。
ポイント・解説
上記事案は、Aが退職を会社に伝えた翌日、会社の内部通報窓口にパワハラを申告したものです。
会社は、自己の従業員が職場で行った言動については、業務執行性を認める傾向にあります。
従業員の職場での言動がパワハラに当たる場合は、会社が使用者責任を負う可能性が高いというべきです。
退職した従業員からパワハラを訴えられたら、なるべくお早めに弁護士にご相談下さい。
退職した従業員からパワハラを訴えられたときは、被害者への対応・加害者への対応・今後の社内対策等、慎重な判断を有する事項が各種あります。
パワハラを訴えられたら、直ちに弁護士にご相談ください。
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