監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
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新入社員の入社のタイミングにおいて、入社(予定)者に身元保証書を提出させる企業は多いと思います。しかしながら、身元保証書が、法的にどのように役立つのかを理解している方は少ないように思います。
雇用時における身元保証契約とは、雇用される人物(被用者)が、将来、雇用主(使用者)に損害を与えてしまった場合、身元保証人がその損害を代わりに賠償するという意味をもった契約を指します(身元保証ニ関スル法律第1条)。これらの身元保証契約は、企業に不測の事態が生じた場合に、企業を守るために必要なものとなります。そこで、今回は、身元保証契約の意味や意義、留意点等についてご説明します。
目次
採用時の「身元保証」はどのような役割を持つのか?
身元保証契約は、被用者が使用者に損害を与えた場合において、被用者の身元保証人がその損害を代わりに賠償する契約を締結することによって、被用者を雇用して、被用者に対する損害賠償義務を被用者の身内や知人に分担して損害の補填を行い、会社の損害の拡大を防止するための制度といえます。
身元保証契約をしていれば損害の全額を身元保証人に請求できる?
社員が会社に損害を与えたときに、会社が請求できる賠償額は、社員の不注意の程度によって様々です。社員の過失が小さい場合には、その分の身元保証人への賠償額も小さくなり、逆に社員の過失が大きい場合には身元保証人への賠償額も大きくなります。一般論として、社員の個々の業務によって利益を得ているのは会社であるため、損害が起きたときにだけ、社員や身元保証人に賠償させるのは酷だと考えられているため、会社に生じた損害の全額を身元保証人に請求することは難しいと考えられています。
身元保証を規制する「身元保証法」の内容
身元保証契約には有効期限がある
身元保証書の有効期限は、身元保証書に有効期限を定めていない場合は3年間(身元保証ニ関スル法律第1条)、有効期限を定める場合でも最長で5年間となっています(同条2項本文)。身元保証書の自動更新はできませんので、更新をする場合は、改めて手続きをしてもらう必要があります。ただし、会社から身元保証人に更新を求めても、身元保証人はそれを一方的に拒否できます。
企業から身元保証人への通知義務
社員に業務上不適任または不誠実な行跡があり、このために身元保証人に責任が生じる可能性があることを会社が知った場合、労働者本人の任務または任地を変更した結果、身元保証人の責任が重くなり、また身元保証人による労働者の監督が困難になると認められる場合において、企業は、身元保証人に対し、当該社員の状況を通知する義務があります。
身元保証人に対して、写真の状況を予め通知しておけば、身元保証人から社員本人に注意することによって、社員の行動が是正されるだけではなく、ひいては身元保証人が自身の責任を取ることを回避することが可能となり、結果として企業に良い効果をもたらすことができます。
身元保証人は契約を解除する権利がある
身元保証人は、企業から、上述した通知を受けたり、自ら上記の事実を知ったりした場合には、会社との身元保証契約を解除することが認められています。
裁判所による保証責任の制限
身元保証契約の締結にあたっては、身元保証法上、裁判所は、身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定める際に、社員の監督に関する使用者の過失の有無、身元保証人が身元保証をするに至った事由及びそれをするときにした注意の程度、社員の任務または身上の変化その他一切の事情をあれこれ照らし合わせて取捨することが規定されています。
すなわち、会社が身元保証人に対し、損害賠償責任を追及する際には、身元保証人に対する責任の有無、金額について、身元保証人の責任だけでなく、使用者である会社の過失等も考慮すべきであるとしています。
法に反する特約で身元保証人に不利益なものは無効
身元保証人に対する保証内容につき、会社と身元保証人との間において、身元保証法の規定に反する特約を締結する場合には、身元保証人に不利益なものはすべて無効されています。これによって、身元保証人に不当な責任追及がなされないことが定められ、身元保証人の保護を図ることが可能となります。
2020年4月の民法改正では極度額の定めが必須に
2020年4月の民法改正は、制定以来約120年ぶりの抜本的な改定であり、労務管理の分野にも少なからず影響を及ぼしています。改定される民法では「個人保証人の保護強化」を目的に、極度額(上限額)の定めのない個人根保証契約は無効になる旨を新たに定めました。
上記のように身元保証契約は、保証人にとっては従業員が「いつ」「どのような」責任を負うのかを予想することができず、改正後の民法が定める「根保証契約」に該当します。そのため、2020年4月より身元保証契約は賠償の極度額(上限額)を定めなければ無効となってしまいます。
身元保証契約の極度額はいくらが妥当?
改正後の民法は、「主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。」と規定しています。つまり、法律では極度額の具体的な金額は規定されていません。極度額が規定されていないからといって、あまりに巨額な極度額を設定することは現実的ではないうえに、身元保証人の選定が難しくなることになりかねません。他方、少額すぎても、実際に会社に損害が生じた場合に十分な補償が受けられなくなるおそれがあります。
したがって、身元保証契約の極度額を設定するときは、これまでに会社や他社が労働者の責めによる事由で損害を受けた実例を参考にしながら、身元保証契約締結の時点で確定的な金額を定める必要があります。
「給料の〇カ月分」などと設定することは可能か?
上述したように、極度額の定め方や上限額については、法律による規制はありません。他方で、限度額をいくら高く設定したとしても、実際に従業員が何らかの損害を起こした場合には、最終的にはその限度額の範囲の中で、裁判所が損害賠償額を決定することになります。
こうした点を踏まえると、新入社員の月収や年収などの所得水準を考慮しつつ、「本人の基本給の〇〇カ月分」といった規定の仕方も考えられます。
会社が身元保証書の提出を義務付けることは可能か?
身元保証書の提出を拒否された場合の対処法
法律上、身元保証書の「提出義務」はありません。したがって、あくまでも会社が社員に対して指示しているだけであって、提出を強制することはできず、社員としても「身元保証書」の提出を拒否することが可能です。
もっとも、会社には「採用の自由」があり、「どの社員を採用するか(採用しないか)」は、会社の自由であるのが原則とされています。それゆえ、身元保証書の提出を強制はできないものの、採用条件として、身元保証書の提出を促すことも可能です。もっとも、身元保証書を提出しなかったことによって、採用させてもらえなかったり、内定が取消された場合には、社員とのトラブルの可能性があるため、身元保証書を提出させるかどうかは慎重な判断が必要となります。
企業が身元保証契約を結ぶ際の留意点
企業が身元保証人と身元保証契約を締結するにあたっては、身元保証法上の規制に反しないことは当然のことでありますが、民法改正による極度額の設定等の法的規制に十分に配慮する必要があります。それだけではなく、社員に対して身元保証書の提出を促す際にも、身元保証書の提出を採用条件とすること等の工夫を凝らすことによって、労働社と使用者との関係性を保ちつつ、身元保証書の提出を促していく必要があります。
身元保証契約に関する裁判例
事件の概要
身元保証書の提出を拒否したことを理由に解雇された社員が、会社に対して、予告なく解雇されたとして解雇予告手当金及び遅延損害金を請求したものがあります。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所として、身元保証書を提出しなかったことは、社員としての適格性に重大な疑義を抱かせる重大な服務規律違反又は背信行為というべきなどとされ、会社の即時解雇を有効と判断しています(東京地判平成11年12月16日)
ポイント・解説
上記裁判例からすれば、身元保証書の提出を拒否した社員に対する解雇が争われたとしても、解雇が有効となる余地があるものと考えられます。他方で、この裁判例は、①身元保証書の提出が採用の条件とされていたこと、②企業側が金銭貸付けなどを業とする会社であり身元保証書が重要な書類であることを確認した上での判決です。そのため、企業側の事情によっては異なる判断となる可能性があるので、注意したほうがよいでしょう。
例えば、会社の身を守る手段として、社員に対して内定を出す段階から、身元保証書の提出が採用の条件であることを書面で十分に周知しておくといった、事前に対応しておくことも大切であると考えます。
身元保証契約を見直す際はぜひご相談下さい。弁護士が法的知見をふまえて最適なアドバイスをいたします。
今回、身元保証契約を締結する際に注意点等をご説明しましたが、身元保証契約は、会社の損害の発生に備えるものであり、リスクマネジメントとして有効な手段と言えます。もっとも、身元保証契約を締結するにあたっては、今回の民法改正による影響を考慮する必要があります。このように、法務マネジメントの一環として身元保証制度を導入していくためには、専門家である弁護士の力が必要となります。そして、当事務所では、労務案件を数多く扱っており、たくさんのノウハウや知見を有しています。
身元保証契約の導入・見直しを検討している方は、当事務所までご相談ください。
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