監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
- 育児介護休業法
育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出す場合、当該従業員の育児・介護の状況等を考慮し、慎重に判断しなければ、のちに転勤命令が無効とされる可能性があります。
以下では、育児・介護中の従業員に転勤命令を出す場合の注意点について解説します。
目次
育児・介護中の従業員に対して転勤を命じることは可能か?
転勤は、配転の一種であり、勤務地の変更を伴うもののことをいいます。
就業規則や労働契約において、配転命令権が根拠づけられている場合、一般的に使用者には労働者の配転を命ずる権利(配転命令権)が認められます。そのため、使用者に配転命令権が認められ、かつ、勤務地を限定する特約が存在しない場合は、育児・介護中の従業員に対して配転を命じること自体は可能です。
もっとも、配転命令権の行使は無制限に認められるわけではありません。配転命令権の行使が権利濫用(民法1条3項、労契法3条5項)に当たる場合、当該配転命令は無効となります。
転勤命令が権利濫用として無効になる場合とは
それでは配転命令が権利濫用として無効になるのはどのような場合でしょうか。
この点についての代表的な裁判例として、東亜ペイント事件判決(最二小判昭和61.7.14)があります。
同判決は、①配転命令に業務上の必要性が存在しない場合、または、業務上の必要性が存在する場合でも、②他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは、③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情が存在しない限りは、配転命令は権利濫用にならない旨判示しました。
そのため、上記の①~③のいずれかに該当する場合、当該配転命令は権利濫用として無効となります。
育児・介護休業法では従業員への配慮義務が定められている
育児・介護休業法では、子の養育、家族の介護を困難とさせる配転について、子の養育や家族の介護の状況に「配慮」することを事業主に義務づけています(育児・介護休業法26条)。
育児・介護休業法に関する通達では、同法26条の「配慮」について、配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものではないとされています(平成28年8月2日付け職発0802第1号・雇児発0802第3号「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」参照)。また、育児・介護休業法に関する指針では、同法26条の「配慮」の具体例として、労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること、労働者本人の意向をしんしゃくすること、配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うことが挙げられています。(平成21年厚生労働省告示第509号「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」参照)。
そのため、育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出す場合は、労働者の育児・介護の状況の把握、労働者本人の意向のしんしゃく、代替手段の有無の検討等の「配慮」をすることが望ましいでしょう。
育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出すときの注意点
実際に育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出す場合の注意点について、以下にまとめます。
①就業規則等で転勤について定めておく
前述のとおり、従業員に転勤を命ずるためには、就業規則や労働契約において、配転命令権について定めておく必要があります。
②従業員の家庭の状況を把握する
育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出す場合、事業主は当該従業員の家庭の状況、具体的には育児・介護の状況、子供や要介護者の状況等について把握しておく必要があります。
③転勤による負担を軽減できるか検討する
事業主としては、転勤先の近隣で保育所を利用することが可能か、民間のケアサービスを利用することができないか等を調査し、転勤によって育児・介護に生じる負担を軽減できないか検討する必要があります。
④転勤の目的や背景を十分説明する
育児・介護中の従業員に対し転勤命令を出した場合、当該従業員が反発する可能性があります。そのため、事業主としては、転勤の目的や背景をできる限り丁寧に説明し、当該従業員の納得を得られるように努めるべきでしょう。
⑤転勤命令は書面で交付する
転勤命令を従業員が拒否した場合、命令拒否に対する処分等を行うこともあり得ます。
そのため、転勤命令を出す場合は、従業員に書面を交付し、命令を出したことが客観的に分かる形にすることが望ましいでしょう。
育児・介護を理由に転勤を拒否する従業員の対処法
育児・介護を理由に転勤を拒否する従業員が出た場合の対処法について、以下にまとめます。
育児や介護に関する証明書類の提出を求めてもよいか?
前述の指針のとおり、事業主は従業員の育児・介護の状況を把握しておく必要があるとされています。
育児・介護の状況を把握するために、従業員に対し、育児や介護に関する証明書類の提出を求めることは認められます。
育児・介護中の従業員への転勤命令に関する裁判例
育児・介護中の従業員への転勤命令の有効性が問題となった裁判例について、以下で解説します。
従業員に対する転勤命令が有効とされた判例
3歳の子を養育する共働きの妻である労働者に通勤時間が片道1時間45分程度かかる勤務地への転勤を命じた事例について、裁判所は、不利益は小さくないが、なお通常甘受する程度を著しく超えるとまではいえないと判断しました(最三小判平成12.1.28)。
もっとも、上記判例が出された後、育児・介護休業法で、労働者の転勤に際し、その子の養育または家族の介護の状況に配慮すべき義務(26条)が設けられたことや社会状況が変化していることからすれば、類似の事例が発生した場合に裁判所が同様の結論を下すとは限りません。
従業員に対する転勤命令が無効とされた判例
姫路工場の一部署の廃止を理由とする霞ヶ浦工場への配転命令の有効性が問題となった事例について、裁判所は、配転命令時に原告らが重度の病気の家族を自らまたは配偶者らと看護していたことを考慮し、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとして、配転命令を無効と判断しました(大阪高判平成18.4.14)。
従業員の転勤命令でお悩みなら、企業法務に詳しい弁護士にご相談下さい。
育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出そうとする場合、当該従業員の育児・介護の状況等を考慮して慎重に判断しなければ配転命令が無効とされる可能性があります。特に、従業員が配転命令を拒否したことを理由に解雇し、のちに配転命令の有効性が争われて無効と判断された場合、未払賃金の問題も発生することとなります。従業員の転勤命令についてお悩みの場合は、企業法務に詳しい弁護士にご相談されることをおすすめします。
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