労務

退職時に引継ぎを拒否された場合の会社側の対応と予防策

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹

監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士

  • 退職・解雇

従業員が退職する際に、雇用主としては引継ぎをお願いしたいところだと思います。
ところが、従業員との関係によっては、従業員が引継ぎをしないままに退職をすることもあります。
このような事態に対する予防策や対応策について説明します。

そもそも退職時の引継ぎを命じることはできるのか?

従業員が退職する際、退職する従業員が担当していた仕事を後任に引継ぐ必要があることが多いでしょう。
従業員は、信義則上、引継ぎを行う義務があるとされています。
また、就業規則に引継ぎを義務付けることが規定されており、就業規則の内容が雇用主との契約内容となっているのであれば、従業員は、契約上、引継ぎを行う義務があることになります。

「引継ぎしないと退職させない」とすることは可能か?

雇用主からすれば、引継ぎが不十分なままに退職をされると、損害を被る場合があるため、引継ぎが完了するまでは退職させないとしたいところだと思います。
しかし、従業員にも退職の自由(憲法22条1項)があり、これを侵す契約を裁判所が有効と認めるわけにはいきません。民法上、労働者からする退職の申し出は、期間の定めのない労働契約(例:正社員の労働契約)及び期間の定めのある労働契約であっても雇用期間が3年を超えた労働契約については2週間前の申入れを求めているにとどまり(民法626条2項、労働基準法14条、民法627条1項)、期間の定めのある労働契約であってもやむを得ない事由がある場合は、労働者は、直ちに労働契約を解除することができるとされています(民法628条)。
そのため、「引継ぎをしないと退職させない」といった合意は無効とされる可能性があります。

退職時に引継ぎを拒否された場合の会社側の対応

従業員が引継ぎを怠った場合、会社としてはどのように対応をすればよいでしょうか。

引継ぎを拒否した元従業員へ損害賠償請求が可能な場合も

従業員には引継ぎを行うべき義務自体はありますので、従業員がこれを怠ったとなれば、雇用主としては、従業員が果たすべき義務を果たさなかったことを理由として損害賠償を請求するという対応を検討することになります。
ただ、引継ぎを怠ったと一口でいっても、会社を困らせようという意図をもって、故意に引継ぎを怠ったというケースもあれば、引継ぎはしようとしたものの、業務量や時間に余裕がなく、不十分な引継ぎにとどまってしまったというケースもあると思います。
また、引継ぎ拒否により会社が「損害」を被ったとの証明も簡単ではありません。
そのため、従業員に対して雇用主が引継ぎ拒否を理由として損害賠償を求めるのは簡単なことではありません。

引継ぎ不履行で損害賠償請求が認められるケースとは?

従業員が故意に引継ぎを怠り、これによって雇用主に損害を与えた場合は、損害賠償が認められる可能性があります。
下記で詳しく説明しますが、従業員が入社後1週間で突然退職し、かつ、会社が元従業員との間で一定の賠償の支払いに関して合意をしていたというケースにおいて、裁判所は元従業員に対し、合意通りの金額ではないものの、一定の賠償を命じました。

有給休暇の消化を理由に引継ぎが行われない場合の対応

従業員としては、退職日まで、余っていた有給休暇を取得し、業務から解放されたいと思うことでしょう。
雇用主としては、有給休暇を引き継ぎ完了後に取得してもらうよう、従業員の理解を求めて応じてもらうという対応を検討することになります。
雇用主からのお願いにもかかわらず、従業員が有給休暇の取得を希望する場合は、雇用主としてはこれに応じるしかありません。従業員による有給休暇の取得に対して、雇用主は、業務上の都合からその時季の変更を求める権利(時季変更権)がありますが、時季変更権は、他の時季に有給休暇を与えることが前提となります。ところが、有給休暇は退職日以降の取得ができないものですので、他の時季に有給休暇を与える可能性がない場合には、時季変更権の行使が認められず、従業員の有休休暇取得を認めざるを得ないという結論となります。
従業員に引継ぎへの理解を求めるにあたっては、有給休暇の買取りと引き換えに、引継ぎを行ってもらうという対応が考えられます。

引継ぎが十分に行われない場合の企業リスクとは?

引継ぎが十分に行われない場合、雇用主である企業側が取り得る手段は損害賠償請求くらいしか手段がありません。
かつ、損害賠償請求も、引継ぎが不十分というだけでは足りず、従業員が一切引継ぎをしていないといった事情が必要です。また、「損害」が発生しないと損害賠償請求は認められませんし、ここにいう「損害」は雇用主が被った損害全額が認められるとも限りません。
したがって、引継ぎが十分に行われない場合、企業側としては、それによる実害を補填する手段もないままに、不十分な引継ぎを甘受しなければならないリスクがあります。

従業員に業務の引継ぎを拒否されないための予防策

従業員に引継ぎを拒否された場合、雇用主には現実的で有効な手段に乏しい以上、引継ぎを拒否されないための予防策が重要となります。

就業規則に引継義務を規定する

就業規則には引継義務を明示しておく方が良いでしょう。これにより、少なくとも、引継ぎを求める根拠が明確になりますし、引継ぎをそもそも行うべきか否かというレベルの議論を避けることができる可能性があります。

業務の引継ぎを退職金支給の要件にする

退職金規程等において、引継ぎをしない場合に退職金の一部を支給しないといった規定を設けることで、引継ぎを行わない場合の不利益を課すという方法が考えられます。
引継ぎをしない場合に退職金を全く支給しないという規定は従業員に対する不利益が大きすぎるため、無効とされる可能性がありますが、合理的な範囲で減額するとの規定であれば、規定としては有効とされる可能性があります。具体的な適用においても、引継ぎをしないことと相まって他の事情も考慮の上で退職金の支給を減額するとしているのであれば、退職金の一部不支給も有効とされる可能性があります。
何より、有効とされる可能性があることで、従業員に対し、引継ぎをしないことに対する抑止効果が見込まれます。

従業員が引継ぎしやすい職場環境をつくる

上記のとおり、法的に引継ぎを求めやすくすることは可能ですが、引継ぎを間接的に求める手段にとどまります。引継ぎは、現実にしてもらわないと雇用主としても不利益を被るものですので、引継ぎをしやすい職場環境を作ることが何より大切となります。

退職時の業務引継ぎが争点となった裁判例

退職時の引継ぎが問題となった判例としては下記のものがあります。

事件の概要

ある従業員を会社が雇入れたところ、当該従業員が入社後1週間で病気を理由に欠勤し、結局会社を辞めてしまったという事案で、会社は当該従業員が退職したことにより、当該従業員に担当させるはずであった案件の契約を解約せざるを得なくなり、損害を被ったとして、当該従業員に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

東京地判平成4年9月30日(平成3年(ワ)第5341号損害賠償請求事件)
この事案では、退職した従業員と会社との間で、従業員が会社に対して一定額の損害賠償を支払うとの約束があったことを前提に、従業員が会社に所属していた期間や、従業員の退職の自由、会社が解約した契約をもし継続していた場合に負担するはずであった経費、労働者という立場等を考慮して、従業員と会社が約束した金額そのものではないものの、会社の従業員に対する一定の損害賠償請求を認めました。

ポイント・解説

この事案は、もともと会社が当該従業員を雇い入れたのは、特定の案件を任せることが前提であったこと、また、従業員と会社の間で一定額の損害賠償を支払うとの約束があったこと、会社が従業員を提訴するまでに、従業員が会社に対して、会社が恐喝行為を行ったなどの内容を記載した書面を送付していたこと、などから会社の請求を一部認めており、一般性がある判決ではありません。
もっとも、従業員がある日突然辞めてしまい、引継ぎもなされなかったという場合に、参考になる判例といえます。

引継ぎを拒否されない場合の対処法や予防策について弁護士がアドバイスいたします。

引継ぎが拒否されるときは、往々にして、そこに至るまでの従業員と会社の関係性が良好ではないというケースが考えられます。そして、会社側が労務に精通しているわけではない場合、従業員の言い分に一定の根拠がある場合もあり、会社側がこれを理解していないと、思わぬ痛手を会社が被る可能性があります。引継ぎ拒否は、従業員と雇用主のそれまでの関係が積み重ねられた結果であることが多く、引継ぎ拒否の予防策は、会社が適切な労務管理を行っていくことにあります。このような予防策や対処法について、ご検討いただく際には、弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹
監修:弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長
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