監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士
認知症だった親が遺言書を残していた場合、その遺言書の内容どおりに遺産を分割する必要があるのでしょうか。
それとも、認知症であることを理由に、遺言書は無効といえるのでしょうか。
本ページでは、とりわけ認知症の方が作成した遺言書の有効性についてご説明いたします。
目次
認知症の人が書いた遺言書に効力はあるのか
認知症と診断された方が生前に遺言書を作成していた場合、その遺言書は直ちに無効となるのでしょうか。
結論から申し上げますと、認知症の方が作成した遺言書=無効となるわけではありません。
認知症の方が作成した遺言書が有効かどうかは、遺言書の作成当時にその方が遺言能力を有していたかどうかで判断されます。
以下では、遺言能力とは何か、遺言能力の有無はどのような事実から判断されるのかなど、ポイントを絞ってご説明いたします。
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遺言能力とは
遺言能力とは、簡単にいうと遺言の内容とこれによって生ずる効果を理解する能力のことをいいます。
遺言作成時に遺言能力を有していなければ、遺言書は無効となってしまいます。
民法では、15歳以上の者は遺言をすることができると定められており(民法961条)、原則15歳以上は遺言能力を有するとされています。
遺言能力の判断基準
医師による認知症等の精神障害の診断があった場合でも、それが遺言能力の有無を結論づけるわけではありません。
遺言能力の有無は、医師による診断のほか、
①遺言者の年齢
②心身の状況及び健康状態とその推移
③発病時と遺言時の時間的関係
④遺言時及びその前後の言動
⑤日頃の遺言についての意向
⑥遺言者と受贈者との関係、遺言の動機
⑦遺言内容の複雑性
などといった事実を総合的に考慮して判断されます。
遺言能力の有無は誰が判断するの?
裁判で遺言能力の有無が争われた場合、裁判官が最終的な判断を下します。
裁判官は、もちろん医師による診断の有無も考慮しますが、「認知症と診断されていたから遺言能力なし」「認知症と診断されていないから遺言能力あり」といった単純な判断はしません。
上で説明した①~⑦のような事実を総合的に考慮して判断をするので、この事実があるから遺言能力がないに違いないと安易に判断すべきではありません。
有効と判断される場合
遺言能力の有無は、あくまで遺言内容との関係で個別的に判断されます。
そのため、医師による認知症の診断があったとしても、遺言能力があり、遺言が有効と判断されるケースがあります。
例えば、遺言書に「〇〇に全財産を相続させる」と書かれていた場合です。
この場合、遺言内容が単純ですので、遺言作成者に求められる遺言能力は低いもので足り、遺言有効という判断に傾くことになります。
また、軽度認知症のように、症状が比較的軽微である場合にも、遺言の内容とこれによって生ずる効果を理解できていたと認められ、遺言有効との判断に傾きます。
無効と判断される場合
では、遺言能力がなく、遺言が無効と判断されるのはどのようなケースでしょうか。
過去の裁判例においては、自分の名前や生年月日、子供の名前や数を答えられなかったという事実から、遺言能力がなかったと認定したものがあります。
もっとも、遺言能力の有無は、さまざまな事実を考慮して判断されるため、どのくらいの症状であれば遺言能力がある・ないとは一概には言えません。
公正証書遺言で残されていた場合の効力は?
公正証書遺言とは、公証役場で公証人や証人立ち会いのもと作成してもらう遺言のことをいいます。遺言者本人が遺言内容を伝え、公証人が本人の真意に基づいたものか確認したうえで作成されます。
公証人が本人の意思を確認する点で自筆証書遺言よりも信頼性は高いですが、認知症の方による遺言が公正証書遺言であることを理由に、必ずしも有効と扱われるわけではありません。
過去の裁判例では、中等度から高度のアルツハイマー型認知症と診断されていた方が公正証書遺言を作成していたケースで、公証人が遺言内容を読み上げて本人の意思を確認したものの、遺言内容が複雑であったことから、遺言作成時、本人が遺言内容を理解していたとは認められないとして、遺言能力を否定し、無効と判断したものもあります(横浜地判平成18年9月15日)。
認知症の診断が出る少し前に書かれた遺言書がでてきた。有効?無効?
認知症と診断される前に遺言書が作成されたからといって、遺言書が有効であると結論づけることはできません。
もっとも、遺言書が作成された日から認知症と診断された日までの期間が短ければ短いほど、遺言作成当時に、遺言内容とそれによって生ずる効果を判断することができる精神状態になかったと推定され、遺言能力がないとの判断に傾きます。
また、遺言作成時から診断時の時間的関係だけでなく、遺言時の年齢や健康状態、言動といった事情等も考慮して判断されるため、遺言書が無効とされる可能性も十分考えられます。
診断書は無いけど認知症と思しき症状があった…遺言書は有効?無効?
こちらのケースも、認知症の診断がなかったことを理由に、遺言書が有効であると結論づけることはできません。
医師による診断の事実は、遺言能力の有無を判断するにあたって重要な要素ではありますが、それによって遺言能力の有無は決まりません、
裁判では、介護事業者からはサービス提供記録、病院からは診療記録、遺言者本人の日記やメモといった記録物、同居人からの証言といった様々な証拠から、遺言能力の有無を判断します。
これらの証拠をもとに、遺言作成時、認知症と思しき症状がでていたのであれば、遺言内容とそれによって生ずる効果を理解することができなかったとして、遺言書が無効と判断される可能性があります。
まだら認知症の人が書いた遺言書は有効?
まだら認知症とは、認知症の症状に波がある状態をいいます。
例えば、家族の顔を認知することができないほど症状が進行していても、言葉はしっかりしていることがあるなど、できることとできないことの差が大きく、常に異常な行動ばかりをするわけではなく、正常な部分と認知症として理解すべき部分とが混じり合って存在するという特徴があります。
そのようなまだら認知症の方が、症状のでていない時期に公正証書遺言を作成した場合、その遺言書が有効となるかどうかは、ケースバイケースです。
結局は、遺言内容の複雑性や遺言作成時及びその前後の言動等から、公正証書遺言作成時の遺言能力の有無が判断され、遺言書が有効かどうか判断されることになります。
認知症の人が書いた遺言書に関する裁判例
遺言書が有効と判断された裁判例
【東京地判平成30年11月20日】
81歳の遺言者Aが、平成22年9月28日に認知症と診断され、平成26年3月20日に公正証書遺言を作成し、当該遺言には「土地建物はBに相続させる。祭祀承継者もBにする」との記載があったという事案です。
この裁判例では、遺言自体が平易な内容のものであること、BがAと同居し身の回りの世話をしたという状況から当該内容の遺言をすることが不自然不合理ではあるといえないこと、公正証書作成時に公証人からの質問に受け答えをしていたことから、認知症の診断がされていたものの、遺言能力があったと認めました。
遺言書が無効と判断された裁判例
【東京地判平成26年1月30日】
86歳の遺言者Cが、平成17年5月に認知症を発症し、同年6月18日に自筆証書遺言を作成し、当該遺言には「財産を全てDに相続させる」との記載があったという事案です。
この裁判例では、判断要素として遺言内容の難易性に着目し、遺言内容自体は全財産を全てDに相続させるという単純なものであり、その内容を理解することは客観的に容易であったとしています。その一方で、遺言書作成当時のCとDとの人的関係が円満であったと認め難いことや、遺言作成前後の診断書によると認知症の症状が高度に進行していたことを指摘し、遺言能力がなかったと判断しました。
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認知症の方の遺言書については弁護士にご相談ください
認知症と診断された方が遺言書を残していた場合、相続人間で遺言書が有効かどうか争われることが多いかと思います。
これまでご説明しましたとおり、単純に「認知症の方による遺言書=無効」と判断をすることはできません。
仮に裁判で争いにった場合、裁判所は、医学的な診断のほか、様々な事情を総合的に考慮して遺言能力の有無を判断します。
裁判所が重視する事実を把握し、有利な事実を見つけるためにも、遺言書の有効性が問題となった場合には、早めに弁護士にご相談されることをお勧めします。
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保有資格弁護士(大阪弁護士会所属・登録番号:40084)