民事訴訟と運

代表執行役員 弁護士 金﨑 浩之

監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士

  • 民事訴訟

運に左右される訴訟制度

医療訴訟の平均審理期間は2年を超えており、訴訟が提起されると病院と患者の双方に大きな負担がかかります。無駄な医療訴訟を回避することは病院と患者の利益に資すると考えられます。逆に過失がある事件について責任が問われないことにより必要な再発防止策が講じられないのであれば、医療の質の低下につながります。

しかし、私の知る限りの実務では、医療訴訟が提起されるか否かについて、運の要素が大きく介在しています。例えば、過失が存在することは明らかであると思われる事案でも、損害額が僅少であったり、資力に問題があり、費用対効果の観点から訴訟提起を諦めるケースは多数存在します。地元の弁護士は誰も受任しないので都市部まで弁護士を探しに来ている人も一定数おられるため、弁護士が受任してくれないことにより賠償請求を諦めている人も相当数おられると推察されます。

また、私の個人的な経験だけではなく、日本医師会の医療事故における責任問題検討委員会の報告書では、刑事事件として起訴されるかどうかについて偶発的な要素が介在している疑いがあると主張されています※1。公務員である検察官よりも、弁護士の方が質のばらつきが大きいと考えられるため、民事訴訟が提訴されるか否かについて、偶発的な要素が介在している可能性が十分にあります。

※1 日本医師会医療事故における責任問題検討委員会「医療事故による死亡に対する責任のあり方について」7~8頁

さらに、アメリカの1990年代の研究では、ニューヨーク州の51病院を対象として調査した結果、過失による有害事象のうちごく一部(2%以下)に対して賠償請求が行われている可能性がある一方で、実際に賠償請求が行われた事件の大半について過誤がない可能性があることが示唆されています※2

※2 Relation between Malpractice Claims and Adverse Events Due to Negligence — Results of the Harvard Medical Practice Study III
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejm199107253250405

このように、医療過誤訴訟については、提訴され過ぎるという意味でも、提訴されなさ過ぎるという意味でも、運の要素が大きく介在していると考えられます。大半の患者は過誤に遭っても不満を抱えたままにしているため病院に対する不信感を抱くことになります。他方で運が悪いと訴えられてしまう立場の医療従事者としては、医療過誤訴訟に対して、素人が不合理な制度を運用しているといったネガティブな印象を抱くことになります。本来協力して病に立ち向かうべき医師と患者が不信感を抱いて対立する構造が望ましいはずがありません。

医学的知見の学習及び情報共有が必要

このような問題について、どのように対処したらよいのでしょうか。個人的には、診療経過に関する情報を十分に共有することや、患者側代理人や裁判官が医学的知見を持つようにするか、利害関係のない医師が判断するようにすることが必要であると考えています。

例えば、イギリスでは、医療過誤訴訟を追行するソリシタに対して研修受講の義務付けを行うことで和解成立時期の早期化や和解数の増加をもたらす改革が行われています※3。日本の裁判所の医療集中部の裁判官は2~3年で転勤してしまいますし、弁護士の能力にも大きな差異があるため、教育により専門家の見通しをつける能力を向上させるという方向性は参考になるかもしれません。

※3 吉岡正豊「イギリスにおける民事訴訟改革と医療過誤紛争を中心とした民事訴訟実務への影響」ただし、この改革は主に紛争解決期間や費用を効率化する観点のものです。

また、日本国内でも、産婦人科については、2009年1月1日から産科医療補償制度により、法律上の過失には至らない問題についても分析した上で再発防止策が提言され、同時に法的な責任とは切り離された形で補償金の支払いが行われています。そして、産科医療補償制度導入後には産婦人科の訴訟提起数は減少しており、無益な訴訟を防止する効果があったと考えられます。法律家や医師が複数名で作成した原因分析報告書を交付することにより患者側も訴訟提起前に見通しがつきやすくなったことや、訴訟上の因果関係の証明が難しい事案について補償金が支払われることで提訴の実益がなくなることの影響があると推察されます。

この記事の執筆弁護士

大阪法律事務所 副所長 弁護士 髙橋 旦長
弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 副所長弁護士 髙橋 旦長
大阪弁護士会所属
弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 医学博士 弁護士 金﨑 浩之
監修:医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員
保有資格医学博士・弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:29382)
東京弁護士会所属。弁護士法人ALGでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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