労務

同一労働同一賃金における賞与の扱い方と企業における実務対応

大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹

監修弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長 弁護士

  • 賞与

近年においては、働き方改革の下、正規雇用と非正規雇用との間の待遇格差を解消するべく同一労働同一賃金が日本においても取り入れられました。

例えば、「賞与」は、正規雇用には満額支給されるのに対し、非正規雇用には正規雇用の一定割合の金額を支給する、もしくは支給しないといった制度設計をしている企業も多く存在します。

では、このような「賞与」に関する正規雇用と非正規雇用との間の待遇差は、同一労働同一賃金に反するのでしょうか。また同一労働同一賃金に反しないようにするために企業としてどのような対策を取るべきでしょうか。

本稿では、同一労働同一賃金における賞与の取り扱い、同原則違反とならないために企業が実施しなければならない対応を解説します。

同一労働同一賃金は、近年の人事労務における重要なトピックであるため、是非ご一読ください。

「賞与」にも同一労働同一賃金が適用される

「同一労働同一賃金」とは、正規雇用と非正規雇用間の待遇格差解消を目指すものであり、パートタイム・有期雇用労働法や労働者派遣法において、「均等待遇」「均衡待遇」に関する規定が定められています。

『均等待遇』は、職務内容及び配置の変更範囲が同一であれば、その「待遇」を同一にしなければならないことを意味します。

『均衡待遇』は、「待遇」に差がある場合には、諸般の事情を考慮して不合理な待遇差であってはならないことを意味します。

この『待遇』には、労働者に関するすべての待遇が含まれるとされているため、当然「賞与」も含まれます。

したがって、「賞与」につき、非正規雇用の賞与の取扱いが同一労働同一賃金の原則に反するものでないか、よく確認する必要があります。

このうち『均等待遇』は、正規雇用と非正規雇用の職務の内容や変更の範囲が同一として問題となることは少なく、かかる事実から『均等待遇』に反しているかの判断も比較的に容易です。

これに対して、『均衡待遇』は、賞与に相違があるのであれば問題となりうる上に、不合理か否かは評価であるため判断が難しいといえます。

そこで、以下では『均衡待遇』に焦点を当てて解説します。

ガイドラインにおける賞与の考え方

賞与であって、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には、貢献に応じた部分につき、通常の労働者と同一の賞与を支給しなければならない。また、貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた賞与を支給しなければならない。

厚生労働省の同一労働同一賃金の考え方を示した「同一労働同一賃金ガイドライン(厚生労働省子告示第430号)」においては、短時間・有期雇用労働者の同一労働同一賃金における賞与に関して以下の考え方が示されています。

このガイドラインで想定される賞与は、「労働者の貢献に応じて支給するもの」です。

しかし、実際には賞与の性質・目的・支給要件は多種多様であり、上記のガイドラインの考えがそのまま該当することは少ないでしょう。

したがって、ガイドラインではなく、実際に賞与に関する待遇差の合理性が争われた裁判例を参考にしつつ、不合理な待遇差にあたらないかを判断する必要があります。

待遇差の合理性を判断する基準は?-労働契約法20条-

現行のパートタイム・有期雇用労働法の前身である改正前労働契約法20条でも、不合理な待遇差を禁止する規定が設けられていました。

労働契約法20条につき、待遇差の合理性を判断する基準が示されたのはハマキョウレックス事件最高裁判決です。

この最高裁判決では、「①問題となっている労働条件の相違を確認、②相違のある労働条件の趣旨・目的・性質を確定、③確定された趣旨・目的・性質から考慮すべき事情(職務内容、変更の範囲等諸般の事情)を選択、④選択された考慮すべき事情から不合理性を判断」という判断基準を採用しており、この基準は以後の裁判例でも踏襲されています。

このような裁判例で積み重ねられた労働契約法20条の解釈は、パートタイム・有期雇用労働法8条における不合理な待遇差の判断にも妥当するため、現行法でも重要な意義があります。

賞与の待遇差について争われた裁判例【大阪医科薬科大学事件】

正規雇用と非正規雇用の賞与に関する待遇差が労働者契約法20条の禁止する不合理な待遇差にあたるとして争われた裁判例には、大阪医科薬科大学事件最高裁判決があります。

したがって、この最高裁判決は、正規雇用と非正規雇用の賞与の待遇差がパートタイム・有期雇用労働法8条の禁止する不合理な待遇差にあたるかにつき、重要な先例的意義があります。

そこで、以下では事件の概要、最高裁の判断を紹介し、この最高裁判決のポイントを解説します。

事件の概要

原告は、平成25年1月29日から被告との間で有期労働契約に基づき時給制のアルバイト職員として教室事務に従事していました。

被告は教室事務に従事する正職員には賞与を支給していましたが、原告のようなアルバイト職員に賞与を支給していませんでした。

そこで、原告は、被告に対して、被告における正職員とアルバイト職員の賞与の有無をはじめとする待遇差は不合理な待遇差であるとして労契法20条違反を主張し、合計1038万円余の損害賠償を求めて提訴しました。

原告の請求について、第一審はXの請求を全部棄却しましたが、控訴審は賞与が正職員の60%を下回るのであれば労契法20条に反するとして、原告の主張を一部認めました。

これに対して、最高裁は賞与につき、控訴審とは異なる判断を下しました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

最高裁は以下のように述べて正職員とアルバイト職員の賞与の待遇差の不合理性を否定しました。

  1. 賞与に関する労契法20条の不合理性判断の枠組み
    賞与の不合理性判断に当たっては、他の労働条件と同様に、当該使用者における賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価できるか否かを検討すべきである。
  2. 賞与の性質及び支給目的について
    賞与の支給実績に照らすと、賞与は被告の業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。また、正職員の基本給は、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものである上、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われている。 このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度に照らせば、被告は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給していたといえる。
  3. 職務の内容及び配置の範囲の相違の存在
    両者の業務の内容は共通部分はあるものの、アルバイト職員の業務は相当に軽易であることがうかがわれるのに対し、教室事務員である正職員はこれに加えて、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり、両者の職務内容に一定の相違があったことは否定できない。
    また、教室事務員である正職員は、就業規則上人事異動が命じられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換がされることはなく、例外的かつ個別的な事情によって人事異動が行われていた。
    したがって、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲に一定の相違があったことは否定できない。
  4. その他の事情
    教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至ったことは、教室事務員の業務の内容やYが行ってきた人員配置の見直し等に起因する事情が存在している。
    アルバイト職員は、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていた。
    これら事情は労契法20条所定の「その他の事情」として考慮するのが相当である。
  5. 結論
    被告の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば、他の諸般の事情を斟酌しても、教室事務員である正職員とアルバイト職員との間に賞与に係る労働条件の相違があることは不合理であるとまでは評価できない。

ポイント・解説

この最高裁判決は、ハマキョウレックス事件最高裁判決で示された判断過程・基準に従って、正規雇用と非正規雇用の賞与の待遇差が不合理か検討し、結果として不合理な待遇差にはあたらないとしています。

すなわち、①正職員とアルバイト職員には賞与の待遇差があるところ、②この賞与の趣旨・目的として、労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲向上等の趣旨、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的があると認定し、③ⅰ両者の職務の内容の相違、ⅱ職務の内容や配置の変更の範囲の相違、ⅲ被告の行ってきた人員配置の見直し、ⅳ段階的な職種変更のための登用制度の存在という事情を考慮すると、賞与の性質目的からするとアルバイト職員に賞与が支給されないとしても不合理な待遇差であるとは認められないと判断しています。

そして、この最高裁判決と同様に多くの裁判例で、賞与の支給目的は長期雇用を前提とした中核人材の確保・定着を図る給付であると認定されており、正規雇用と非正規雇用との間に賞与に待遇の差があるとしても不合理ではないといった判断が下されている傾向があります。

もっとも、この最高判判決等はあくまで個別具体的な事例判断であり、実際に賞与に関する待遇差が争われた場合に同様の判断がなされるとは限りません。

特に、大阪医科薬科大学事件は、「雇用継続の見込みや実績」がなく、「職務の内容等の相違」が一定程度ある事案でしたが、同事件と異なり、「雇用継続の見込みや実績」がある場合や、「職務の内容等の相違」がない、もしくは、乏しい場合には同最高裁判決と同様の結論が維持されないことも考えられます。

したがって、企業としては正規雇用と非正規雇用の間に賞与の待遇差を設ける場合には、上記判例を踏まえた対応が大切となります。

賞与の取扱いにおける企業の実務対応

企業としては、正規雇用と非正規雇用の間の賞与の待遇差がある場合には、同一労働同一賃金への対応として以下の対応が求められます。

専門的な判断が必要となるため、適宜、弁護士などの専門家に相談することも一手となります。

現行人事制度の確認・制度設計の見直し

人事制度設計の見直しの必要性を判断するにあたって、まず正規雇用と非正規雇用の間で賞与に関する待遇差があるかを確認する必要があります。

具体的には、雇用形態ごとに待遇を整理した上で、非正規雇用と職務内容や配置の変更の範囲が最も近い比較対象となる労働者を選出し、その労働者との賞与の待遇差を確認、整理します。

次に、賞与につき正規雇用と非正規雇用との間で待遇差がある場合には、このような待遇差が設けられている理由を確認します。

具体的には、現行の賞与の扱いから労務の対価の後払い、功労報償、将来の労働意欲向上といった趣旨、正規雇用としての職務を遂行し得る人材の確保定着といった目的が読み取れるか、かかる趣旨目的が非正規雇用には妥当しないとするだけの職務内容、配置の範囲の相違やその他の事情が存在するか確認することとなります。

結果として、現行の人事制度下における賞与の待遇差は不合理である等の評価を受けるおそれがある場合には、賞与の支給基準、非正規雇用の職務内容、変更の範囲を始めとする人事制度設計の見直しが必要となります。

また、現行の人事制度下からして賞与の待遇差は合理性があると説明可能な場合であっても、その人事制度の就業規則等への明確化・規定化が十分になされていない場合には、不合理な待遇差との評価を受けるおそれもあります。

したがって、現行の人事制度が就業規則等に明確化・規定化できているかを確認する必要もあります。

就業規則等の整備

人事制度設計の見直しを行い、変更があった場合には当然就業規則等の規定内容を変更する必要があります。また、就業規則等への明確化・規定化が不十分な場合にも就業規則等の変更が必要となります。

同一労働同一賃金に違反した場合の罰則は?

同一労働同一賃金に関する規定に反したとしても、違反そのものによって刑事罰が科されることはありません。

もっとも、①労働局長から報告を求められる、労働局長からの助言・指導・勧告がなされるおそれ、②労働組合との紛争化のおそれ、③非正規労働者との紛争化のおそれ、④コンプライアンス違反によって企業の名誉・信用を損ねるおそれがあります。

これらはいずれも企業が事業を行う上で支障となりうるものであるため、同一労働同一賃金に反しないよう対応をする必要があります。

同一労働同一賃金や賞与に関するお悩みは、実績豊富な弁護士法人ALGにご相談下さい。

本稿では主に同一労働同一賃金における賞与の取扱いにつき紹介しました。

もっとも、同一労働同一賃金は、労働者に関する全ての待遇が問題となるため、賞与以外の多岐にわたる待遇のそれぞれについて、同一労働同一賃金の原則に反しないか確認する必要があります。

その上、同原則への対応には専門的な判断が必要となりますので、専門家に相談・依頼することが企業にとっても負担が少なく、また確実な手段といえるでしょう。

弁護士法人ALGにおいても、多種多様な企業の顧問として多くの相談や依頼をいただいております。

同一労働同一賃金や賞与に関するお悩みは、実績豊富な弁護士法人ALGにご相談下さい。

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大阪法律事務所 所長 弁護士 長田 弘樹
監修:弁護士 長田 弘樹弁護士法人ALG&Associates 大阪法律事務所 所長
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